レヴィシル
フィンエデ
クロフュリ
シグディア(アルディア)
アサフィー
アレナン
セティニー
ユリイシュ
が、あります。
「郷愁」レヴィシル
欲しいなんて思わない。
ただ、訊いてみたくなっただけのことだ。
「ねぇ、レヴィン」
アグストリアの柔らかい草むらに寝転がる吟遊詩人を、立ち上がって見下ろす。ぼんやりと空を眺めている彼は、間の抜けた顔をしていながらも気品が漂っていた。
「シルヴィア、おまえこの角度で見ると不細工だぞ」
言うに事欠いてこれである。これでも人目に触れる職を生業としているのだから、どの角度から見られてもそれなりに見えている自信はある。からかいのつもりなのか本音なのかは知ったことではないが、他の女の子を口説く時の語彙を少しはこっちにも発揮して欲しいものだ。
「そう。あんたはいつ見ても馬鹿面だけどね」
「は、可愛くねぇやつ」
出会った時の、可愛い綺麗だあんたの踊りは最高だと褒められ続けるのにも辟易したが、これはこれで腹が立つ。けれど、口が減らないように見えて実際彼は気を許した人間にしかこんな口を叩かないようだ。そう思えば、まぁ悪い気はしない。
「ところで、レヴィン」
「なんだよ」
「故郷って、どんなものなの?」
季節特有の強い風が吹き、音を立てて草原を揺らす。何気なくした質問が招いたのは、何とも奇妙な沈黙だった。
「……知ってどうする?」
「どうもしないわ。どんなものかと思っただけよ」
そこまで言って、あぁ無神経な質問だったと頭を抱えたくなる。
そういえば、この男は逃げてきたと言っていた。
何から逃げてきたのかは知らないが、きっと故郷の何かからだろう。そうでなくては、先程の質問とこの不機嫌さの説明がつかない。
「あの……えっとね、」
「故郷ってのはな」
何とか話題を逸らせようとした矢先に、レヴィンが語りだす。
「束縛されて、期待されて、がんじがらめになる……けれど」
ふっと、彼の緑色の眸が柔らかくなる。
「すげぇ懐かしくて、どうしても切り離せないものなんだ」
その時の彼の表情は、何に喩えようもない。ただ優しく、柔らかく、そして焦がれるほどに穏やかだった。
「そう」
馬鹿な質問をした、と思った。
ただ、訊いてみたくなっただけだけれど。
もしかしたら、欲しいと思っていたのかもしれない。
帰る場所。迎えてくれるひと。そして自分を構成する原点となる、懐かしい居場所を。
「案外つまらない所なのね、故郷って」
「大事な物ってのは大概そういう物だろ」
けろりと笑われる。これが、持つ者と持たざる者の違いなのか、なんて卑屈にも思ったりした。
「なのに、捨ててきたの?」
大事だと、何の躊躇いもなく言えるような場所を。
レヴィンは、いつものお調子者を装っている顔を変えないままに遠くを見た。
「大事に抱えてるだけじゃ、守れなかったんだ」
けれど、その目はひどく悲しそうだった。
この男は、本当に故郷を愛していて、そして何よりもそれに囚われている。
吟遊詩人と名乗られた時、どうしても拭えなかった違和感に今頃辿り着く。
諸国を放浪するには、彼はあまりに一所に思いを残しているのだ。
「じゃあ、今は? 逃げて、守れたの?」
レヴィンの表情が、さっと色を無くす。その一瞬で、理解した。
ただ逃げてきた、だけなのだと。
「詰めが甘いのよ、あんたって」
中途半端とも言う。
大事なものから逃げてきたくせに、それに固執している。
自由がいいと言いながら、囚われることを望んでいる。
悪いことではない。けれど、こいつには似合わない。
「早く帰りなさいよ、いつまでもこんな所にいないで」
そう言ったあたしの頭を、レヴィンの手がくしゃくしゃと撫でる。
「おまえ、なんでそんな俺のこと分かるわけ」
「知ってるでしょう?」
その温かい感触に少し絆されそうになりながら、けれどやはり振り払う。
あたしは、故郷に思いを馳せるようなひととは、一緒に居られない。
「好きだからよ、あんたのこと」
馬鹿、と心の中で少し毒づいた。
レヴィシル基本イメージはこんな感じ。
お互い大事なものが他にある二人。
「相乗り」フィンエデ
「エスリン、エスリン!」
帰還(リターン)の杖という珍しい杖が手に入った。
けれど、既に転移(ワープ)の杖を所持している私には必要ない。
杖が使える友人に渡そうと思ったのだが、何処にも姿が見当たらない。
鮮やかな桃色の髪はよく目立つので、遠目にもよく分かるのだが。
「どうかなさいましたか、エーディン様」
「あら、あなた……」
確か、キュアン様とエスリンが連れてきた唯一の供。シグルド様と同じ青い髪の、けれどまだ若輩だろうと思わせるあどけない風貌。槍の腕はまだ一人前とは言い難いが、主君への忠誠は篤い信頼に足る騎士だという。
「えぇと、確かフィン殿ね?」
「どうぞフィンとお呼び下さい。エスリン様にご用ですか?」
「あぁ、そうそう。この杖をエスリンに渡したいのだけれど、彼女は今何処に居るか分かるかしら?」
「さきほど、ノディオン城から急な援軍要請が来たものですから、エスリン様は回復役としてもう発たれました。今頃は最前線にいらっしゃるかと」
「そうなの……」
最前線に行ってしまったのなら、後方支援である自分が彼女と接触するのは難しい。どうしたものかと考えあぐねていると、フィンが手綱を引いてきた馬にひらりと飛び乗った。
「杖をお渡しになるのなら早い方がいいですね。今から馬を飛ばせば追いつけます。どうぞ、私の後ろにお乗り下さい」
「え……」
男性と相乗りするなど、十を越えてからは久しくなかったことだ。
「結構ですわ。乗馬の経験くらい私にだってあります」
「平時ならお止めしませんが、戦場で馬を駆るのがどれほど危険なことか、ご存知ないわけではないでしょう?」
尤もな言い分だ。けれど、と押し黙っていると、フィンが手を差し出してきた。
「お手をどうぞ、エーディン様」
「あ……ありがとう」
手を重ねると、足を鐙に掛けたのを見計らい、ぐいと馬上へ引っ張り上げられる。予想以上に、力は強いようだ。
「フィン、こういう時は馬から下りて先に女性を乗せるものですよ」
「平時ならばそう致しましょう。今は急ぎますので、ご無礼をお許し下さい」
言い終わらないうちに、彼は馬の腹を蹴って走らせる。エーディンは軽く悲鳴をあげて、彼の背にしがみついた。
「フィ、フィン! こういう時は一言断ってから馬を走らせるものですよ!」
「黙っていたほうがいいです、舌を噛みますので」
ミデェールや他の家臣には取られもしないような態度に、エーディンは気分を些か害した。
しかし、彼がユングヴィの兵と違うのは当たり前だとすぐに思い直す。
戦場に出る機会が多いレンスターの兵は、きっと皆こうなのだろう。
戦場では、身分の差など慮っている暇などない。
判断と行動が一拍でも遅れれば、それが命取りになってしまうこともある。
多少粗雑に扱われても、それが戦場での気遣いなのだ。
エーディンは、先程握った彼の手を思い出す。
きっと槍の訓練を怠らない、皮の厚い大きな手だった。
そしてしがみついた背は、まだまだ筋肉の薄い少年の背だった。
レンスター騎士は戦の中に身を置くのです。
砂糖菓子なエーディン様は戸惑います。
「休息」クロフュリ
シレジアの冬は寒い。
特に、グランベルやアグストリアに住んでいた人達は、体調を崩すことが多い。
フュリーはラーナ王妃の命令で、彼らに防寒具を配って回っていた。
厚手の上着やストール、毛糸の帽子。
夜が寒いという兵には羽毛布団。風邪気味の人には医者を手配。
それぞれに対応していくと目の回るような忙しさだった。
見かねたレヴィンが手伝おうかと訊ねたが、フュリーは断固拒否した。
「王子にそんなことはさせられません」
そう言って、自分は独楽鼠のように働いていた。
「あ」
視界の端に、金髪の男性が映る。彼はいつもと変わらない長衣姿で、しきりと降る雪を眺めているようだった。
「クロード様!」
呼びかけると、神父はゆったりと微笑む。
「あぁ、お忙しそうですね」
フュリーは持っていたストールを広げ、神父の肩にかける。
彼は背が高いので、背伸びをして抱きつくような形になってしまったが。
「そのような薄着では、お風邪を召されます」
「ありがとう、フュリー殿」
礼を言われて初めて、彼の顔が至近距離になるまで近づいていたことに気づく。
フュリーは顔を赤く染め、ご無礼を致しましたと飛び退いた。
けれど神父は、そんな自分を可笑しそうに笑う。
「丁度お茶を淹れたんですよ、飲んでいきませんか?」
「え、でも……まだ仕事がありますので」
「一人で飲んでも、美味しくないんですよ。付き合って頂けませんか?」
幾度か杖を習い、そしてお茶も飲んだことがあるが、ここまで強引な彼は珍しい。
「……では、お言葉に甘えて」
部屋に入ると、暖炉で燃える火があたたかく、強張っていた頬が弛緩した。
神父の出してくれたお茶は、グランベルを発つ時に持ってきたという高級な茶葉を使った贅沢品である。
琥珀色の液体に、垂らされた蜂蜜の香りが甘く漂っている。
フュリーは、このお茶がとても好きだった。
「美味しいです」
ほっと息をつくと、体中の疲れが取れる気がする。
動いている間は気づかなかったが、朝から働きづめだった手足は悲鳴をあげていた。
「それは良かった、あなたにそう言って頂けると淹れ甲斐があります」
にこにこと微笑む神父が、フュリーはとても好きだった。
彼と一緒に居ると、居心地がいい。
彼の笑顔も、雰囲気も、淹れてくれるお茶も、疲れている時にいつも元気をくれる。
「あ……」
そう考えて、思い至る。彼がこうやって自分をお茶に誘うのは、いつも知らず知らずに疲れている時なのだ。
「クロード様……あの、」
「真面目で勤勉なのは、あなたの良いところです」
フュリーの言葉を遮り、クロードが言葉を紡ぐ。
「けれど、あなたが無理をして倒れでもしたら、皆が心配するんですよ?
仕事をきちんとこなすのは結構ですけれど、休息も忘れずに取って下さい」
神父の心遣いが身に沁みた。
強引に自分を部屋に招き入れたのは、疲れている自分を休ませる為だったのだ。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「謝る必要はありませんよ、私が勝手にしたことです。あぁでも、」
クロードはフュリーの背に回り、マフラーを首に巻いた。
「これからはもう少し、自分のことも心配してあげて下さいね」
そう言われて、フュリーは自分がクロードのことも責められないような薄着であったことに気がつく。
「あの、私は慣れていますから」
「言ったでしょう、私はあなたが心配なんですよ」
振り向いて仰ぎ見た神父は、とても優しい笑顔をしていた。
この2人はテンポが似てるって思います。
ほんわかほのぼの夫婦。
「炎」シグディア(アルディア)
全ての記憶を思い出してから、ディアドラの精神は壊れてしまった。
日がな窓辺から空を見上げ、愛するひとの名を呟きながら泣いている。
シグルド様、シグルド様、しぐるどさま、
そう言いながら、時には笑い出すこともあった。
アルヴィスは夫として傍に居ながら、けれど妻がこうなってしまった原因は自分にあるので、かける言葉が見つけられず、
「ディアドラ」
ただ妻の名を呼び、抱きしめる日を送っていた。
「……アルヴィス様」
何年かぶりに、ディアドラが自分の名を呼ぶ。
それだけで嬉しくて相好を崩したが、次の言葉がアルヴィスの頬を強張らせる。
「私を、あなたの炎で焼き殺して下さい」
あぁと嘆息し、両手で顔を覆う。
どうしてそんなことを、と口をついて出た言葉に、ディアドラは心底幸福そうに微笑んだ。
「愛するひとと同じ死に方をしたい」
「愛するひとの手で死にたい」
「両方叶えられるなんて、私、とても幸せです」
子どものようにあどけない、ただしあわせそうな、
「あぁ。なんて、幸せ」
ディアドラの眸から、涙がこぼれた。
シグディアもアルディアも好きです。
どっちかじゃなくてどっちも愛していたんじゃないかと。
「髪梳かし」アサフィー
「アーサー起きなさい、朝よ」
うーんと伸びをして、目を開けたアーサーは恋人の顔を見る。
「おはよう、フィー」
「早くないわ、もう昼前よ」
布団を剥がされ、寝台から追い出される。すっかり身支度を済ませた彼女は、櫛を持って椅子を示した。
こうやって起きたアーサーの髪を梳かすのが、フィーの日課となっている。
癖のない灰色の髪は梳かす必要もないほどさらさらで綺麗なのだが、もうすっかり習慣になってしまっていた。
椅子に腰掛けたアーサーの背後に回り、滑らせるように髪を梳かす。
相変わらず、もつれても膨らんでもいない。
「綺麗よね、アーサーの髪」
「フィーの方が綺麗だよ」
そう言って、アーサーは身体を逸らせてフィーの顔を見、若葉色の髪に指を通す。ふわりと波打った短い髪は、長い雪に閉ざされても尚伸びる、シレジアの逞しい草木のようだ。
「……戦争が終わったら、伸ばそうかな」
「あぁ、そうしなよ。そしたら俺が結ってやるから」
まるで待ちきれないとでも言うように、アーサーはフィーの髪を指に絡める。
「髪が伸びるまで、一緒に居てくれる?」
「何言ってんだよ、ずっとずっと一緒だろう?」
触れられた指がくすぐったくて、その言葉が嬉しくて、
フィーは幸せそうに微笑んだ。
相棒か夫婦なところしか思いつかない2人。
恋人期間すっ飛ばして結婚すればいいよ。
「素直じゃない」アレナン
それは、主君であるリーフと剣の稽古をしていた時だった。
「中途な剣だな」
突然の声に、ナンナはふと後ろを振り向く。エルトシャン王の遺児、つまり従兄にあたるアレスがそこに居た。
「聞き捨てならないわね、どういう意味かしら?」
「言ったままの意味だが」
つかつかとアレスに近づいていくが、彼は視線を合わせようともしない。
「ナンナ、やめなよ。僕の剣が未熟なのは自分でも分かっているさ」
「俺が言っているのはレンスター王子の方じゃない」
ぎろりと、アレスの眸が初めてナンナを見据える。
「血を欲す魔剣を持つ家系の姫がこんな腕では、ノディオン王家の威信も地に落ちるだろうな」
「……その言葉、そっくりお返しするわ」
怪訝そうに眉を顰めたアレスに、ナンナは目を細めて極上の笑みを浮かべてみせた。
「ミストルティンの使い手が暗愚な領主に雇われていた傭兵だったなんて、ノディオンの家名に傷がつくでしょうね」
そう言って颯爽と去っていったナンナに、アレスは軽く舌打ちする。
「気にくわない女だ」
「へぇ、僕にはそう見えないけどね」
リーフは苦笑を浮かべてアレスとナンナの後姿を交互に見て言った。
「気にくわないっていうより、気になるんだろう?」
「……何故そう思う?」
「だってアレスがあんなふうに突っかかるの、ナンナだけじゃないか」
ずばりと言い当てられたばつの悪さに、アレスはもう一度大きく舌打ちをした。
アレナンは喧嘩ップルがいいと思います。
リーフ様はナンナが幸せならご自分も嬉しいお方です。
「喧嘩するほど……」セティニー
「雷精よ、我が手に集いて敵を貫け……トローン!」
ティニーの手から真っ直ぐに伸びた雷が相手を貫く。
光が消えると、人間だったものは炭屑になっていた。
ふぅと息を吐くと、後ろからぱちぱちと拍手が聞こえる。
「大したものだ、さすがアルスターの魔女殿」
「……お褒めに預かり光栄ですわ、マンスターの虐殺者様」
互いに含み笑いをし、まるで敵対するかのように向かい合う。
「あなたがトールハンマーを継いでいれば、お手合わせ願いたかったな」
「お望みならお相手致しますわ。フォルセティをお使いにならなければ」
「ふ、あなたは神器を使うに足る相手ではないからな」
「まさか神器を持たぬ相手に神器をお使いになるほど卑怯でいらっしゃるわけではございませんわよね?」
「神器をお持ちでない傍系の力など恐るるに足りませんね」
「直系の傲慢なお心ね。その鼻へし折って差し上げましょうかしら」
「生憎あなたに折られるような低い鼻ではないのでね」
「あら、高い方が折れやすいのをご存知ないの?」
「ふふ、では折ってみせるがいい」
セティがエルウインドを構える。
「えぇ、遠慮なく折らせて頂きますことよ」
ティニーはトローンを再び発動させた。
それを陰から見守る影が二つ。
「アーサー、あんた妹の好戦的な性格を何とかしなさいよ」
「おまえこそ、セティの挑発を抑制させろ」
解放軍随一の犬猿の仲と言われたセティとティニーだが、
戦後共にシレジアへ帰ったことは周囲を底抜けに驚かせたという。
セティニーは喧嘩ップルというより険悪ップル。
顔合わせるたびに戦ってます。危険。
「聖痕」ユリイシュ
国王夫妻の子どもは双子。
兄のユリウスが皇太子の座につき、いずれはグランベルの王として国を導く。
その揺るぎない未来を、私はあの時確かに見ていたのに。
「ユリウス様」
祝いだと国中が騒いでいる中、今までならどんな祝いの席でも中心に居たはずの彼は、
輪から外れてひとりぼっちだった。
「イシュタル」
私の顔を見ると、いつものようにぱっと顔を輝かせてこちらへ歩いてきてくれる。
いつもと変わらないその表情が嬉しくて、悲しかった。
「ユリウス様、あの……」
いつもなら、彼に何でも言えるのに、今日は何も言葉が見つからない。
お母様に、もうユリウス殿下と話すのはよしなさいと言われた。
後継者は、妹のユリア姫に決まったからだ、と。
グランベル王の証である、聖者ヘイムの聖痕。
それは、皇太子のユリウス様でなく妹のユリア様に現れた。
だからもう、ユリウス様に気に入られる必要はないと、お母様は仰った。
「イシュタル、そんな顔しないでよ」
ぽんぽん、とユリウス様が私の頭を撫でて下さる。
私の方が年上なのに、この方はいつも大人びて見えた。
「君の母上から、僕はもういらないから、君に会うなって言われたんだ」
お母様。
ユリウス様に、そんなひどいことを。
お母様。お母様は、とても厳しい方。
フリージのために、と家のことを一番に考えていらっしゃる。
残酷とは思わない。それが、名家の女性の正しいあり方だと私は理解していた。
でも、あんな痕ひとつで、ユリウス様を傷つけるなんて。
私の胸にも、雷神の聖痕がある。これだけで、私はフリージの次期当主の座を得られる。
私の価値や、努力や才能などは問題ではない。この痕があるか無いかで、当主が決まる。
あんなに、イシュトーお兄様が次期当主に相応しくあるようにと努力していらっしゃったのに。
この聖痕は、お兄様の努力も苦労も全て潰してしまったのだ。
「会えなくなるのは淋しいけれど、逆らったら君がお母様に叱られるものね」
こんな痕が、なんだと言うのだろう。
ユリウス様は、とても素晴らしい方だ。
幼いながらも、次期国王としての器を早くから認められ、人格も素晴らしい。
努力だって、けして怠らない勤勉な方だ。
なのに、こんな痕ひとつで。
私はユリウス様に、お会いできなくなってしまう。
「……です」
「え?」
ぽろぽろと、私の頬に涙が流れる。お母様に見られたら、きっと叱られる。あとで撲たれる。
けれど、とまらない、とまらない。
「いやです、絶対いやです……私は、ユリウス様の家臣です……」
生まれて初めて、お母様に逆らった。叱られる。撲たれる。折檻は怖い。怖い。
でも、それよりも、ユリウス様とお会いできないのはもっと怖い。
「ユリウス様のお傍に……ずっと、ずっと居たいです」
「……イシュタル」
ユリウス様は困ったように微笑んで、
けれど、その笑顔は水面が緩くたわむように崩れ、
少しだけ、一緒に泣いた。
ユリイシュは悲しすぎて可哀想すぎて泣けます。
幼少期→ロプト降臨の流れを想像しただけで涙。
戻る