リーンとレイリア

アレスがダーナを出て、セリス皇子率いる解放軍に参加すると言った。
 リーンは「そう」と答え、ついて行くとも此処に残るとも言わなかった。これからどうするのが一番良いのか、決めあぐねていたところもある。
「どうして迷っているの? アレスについて行けばいいじゃない」
 レイリアが、不思議そうに目を丸くする。この友人は自分との別れが淋しくないのだろうかと少し腹が立ったが、きっと彼女の言おうとしていることはそうではない。
「でも……軍に入るの、怖いの」
「踊り子を戦場に出そうなんて輩は、居るはずないと思うけれど」
「……そうじゃなく、て」
 リーンが困ったように口ごもるのを見て、レイリアはあぁと頷く。
「忘れていたわ。あんた、人の死が見えるんだったわね」
 自分の特殊能力のことは誰にも明かさず生きてきたけれど、レイリアにだけは話したことがあった。彼女なら、こんな突拍子もない話を笑わずに聞いてくれるという奇妙な確信を持つことができたからだ。
 確信は違わず、レイリアはリーンの話を最後まで真剣に聞いてくれた。そして話し終わったリーンを優しく抱きしめ、「つらかったね」と囁いた。
 そう言われた瞬間、今まで死を見た人々の顔がざっと脳裏をよぎっては消えていった。戦で命を落とした名も知らない兵士達、病に蝕まれた育ての親、戦火に巻き込まれた町の人々。みんなみんな、死んでしまった。自分にしか見えない胸の穴をぽかりと空け、例外なく死んでいった。胸の奥がじんと痛み、レイリアの腕に縋って少し涙を落とした。
 それが、ひと月ほど前のことだっただろうか。
「軍に身をおいて、周りの人たちの死期を見ることが怖いのね」
 こくりと、リーンは首肯する。知らない人々ですら、死が見えるのは気持ちの良いものではない。まして、知っている人間ならば尚更だ。アレスの胸にもいつか穴が空くのだろうかと思うと、夜も眠れぬ心地がした。
「でも、リーン。それは、軍に居ても居なくても同じではないの?
 ……ひとはみな、いつかは死ぬのだから」
 ふわりと、レイリアの長い黒髪が風に揺れる。リーンは目を瞬かせ、そうだけれど、と呟く。生きているものはみな、死に向かって生きる。ならば、大切なひとと切り離される痛みは、生きている限り続いていくのだ。
「ごめんなさい、私ね……あなたが、羨ましいと思ってしまったの」
「え、」
 意味を測りかね、背の高いレイリアを仰ぎ見る。彼女は整った頬に綺麗な笑みを浮かべて言った。
「私も、死期が見えたらよかったと思ったわ。そうすれば心の準備ができて、あんなに悲しくならなかったかもしれない。
 それにもしかしたら、そのひとに注意を促して、死ぬ運命を避けられたかもしれない、って」
 何の話だろう、とリーンは瞠目する。そういえばレイリアと出会ってから様々な話をしてきたが、彼女の過去のことは何も聞いたことがなかった。
「あなたが疎んじていた能力が、私にとっては羨ましいものに思えた。
 いつか、あなたもそう思う日が来るかもしれないわ。
 その能力を持っていて、良かったと思うことが」
 レイリアはゆっくりと目を閉じ、そして踵を返して街中の雑踏へと消えた。

 代替キャラの過去ってどんなだろう。と思いました。
 レイリアは過去に大事な誰かを亡くしたイメージ。



コープルとアリオーンとシャルロー

 トラキアの盾と敬われたハンニバル将軍の養い子には、様々な噂が流れている。
 ブラキ神の生まれ変わりと聞いた次の日には、悪魔の申し子だと叫ぶ人もいた。
 十五を過ぎたアリオーンは、ハンニバルに尋ねてみた。おまえの養い子は何者なのだと。
 立膝をついた将軍は、顔を上げぬままにこう言った。
「どうぞ、王子がご自分で判断なされませ」
 そう言われ、アリオーンは城の書庫へと足を踏み入れる。堆く積みあげられた書物の山に隠れるように、金髪の少年が本を読み耽っていた。
「お待ちしていました、アリオーン王子。ハンニバル将軍が嗣子、コープルと申します」
 少年は書物の山を降り、恭しく礼をする。見た目はとても幼く、実年歳は十にも満たないだろう。
「巷の噂を確かめにきた。おまえは何者だ?」
 いきなりそう尋ねると、コープルは肩を竦める。
「厭ですよ、そんな言い方。まるで僕が化け物か何かみたいじゃないですか」
「実際、おまえのことをそう評している者たちも居る」
「そうですね」
 諦めたように溜息をつく様は、とても子どもらしくない所作だった。
「でも僕は化け物じゃない、普通の人間ですよ。ただ、」
 ふと、コープルの手がアリオーンを捉える。そこから温かい光が溢れ、先日訓練で負った傷がかき消えた。
「他人にできないことができたり、見えないものが見えるだけです」
 アリオーンは、傷の消えた腕を見つめる。言葉が出なかった。
 杖という媒介なしで傷を癒すなど、徳を積んだ司祭や賢者でもそうそうできることではない。しかも杖による治癒は、傷口の治療と体力の回復は同時にできないと聞いているのに、この少年は事も無げにそれを同時にやってのけた。実は先刻まで竜騎士特有の厳しい訓練をしており、傷の痛みと疲労感で倒れそうだったのだ。
「なるほど、この能力がブラギ神の生まれ変わりだと言われる所以か」
「あ、」
 コープルは小さく声をあげ、アリオーンに「早く」と言う。
「王子、ルテキア城裏山にある民家へ飛んで下さい。場所は此処です」
 トラキア全土の地図を取り出したコープルは、目的地に印をつけて渡す。
 いきなり理解不能なことを言われたアリオーンは面食らい、先程とは違った意味で言葉を失った。
「……おまえは、何を言っている」
「行けばわかりますから、とにかく早く。あなたの竜以外では間に合いません」
 半ば強引に書庫を追い出された勢いのまま、訳も分からず竜に乗り、示された目的地を目指す。そこは、トラキアの中で群を抜いて作物が育たず、度重なる飢饉で人口が減少し、遂に廃村になった場所だった。
「こんなところに、いったい何が……」
 手近な所に竜を待たせておき、アリオーンは目的地周辺を探し回る。そういえば、何を見つけてくればいいのか訊いていなかった。けれど、あの少年のことだ。言わないということはきっと、発見すればすぐにそれだと分かるものなのだろう。
 そして、それは本当にすぐに分かった。
 見つけた瞬間、アリオーンは血相を変えて駆け寄り、竜に乗せて全速力で飛び戻った。
 ひどい怪我をした、幼い子どもだったからだ。
「ありがとうございました、王子」
 コープルが手をかざすと、子どもの怪我はみるみる塞がった。血の気の無かった顔に血色が戻り、すやすやと安らかな寝息をたて眠っている。
「いったい……なにがあったんだ、この子どもは」
「子捨てです。けれど餓死をさせるのは、親としても忍びなかったのでしょうね。あの村に隣接する崖から突き落としたみたいです。運良く死には至りませんでしたが、王子が竜で駆けつけて下さらなければ、血が流れすぎて手遅れになっていたでしょう」
 まるでその場を見てきたかのように、コープルは流暢に話す。とても推測で話しているとは思えない。
「……見える、のか?」
「えぇ」
 にこり、とコープルは微笑む。年端のいかない子どもの笑顔は、誰でも可愛く思えるものだ。けれどアリオーンにはその時、彼の笑顔に底知れぬ恐ろしさを感じた。
「僕には、見えます。過去も現在も……未来も、少し」
 そう言って、コープルは眠る子どもの青い髪を撫でる。
「この子の名はシャルロー。父親はとある地方の有力な貴族のようですが、母親は彼の召使だったようですね。母親は産んだものの、父親に認知されなかったため育てきれず捨ててしまったみたいです」
「コープル、」
 呼びかけると、彼は何でしょうと首を傾げる。アリオーンには、是非とも訊きたいことがあった。
「トラキアは、繁栄するのか……父上の、やり方で」
「…………聞きたいですか?」
 目を閉じる。トラバント王のやり方は卑劣だ、トラキアの奴らはハイエナだと他国から蔑まれてきた。豊かな土地を享受し、平和な暮らしをしている奴らに何がわかる、とアリオーンは思ってきた。しかし同時に、父のやり方に疑問を抱くことも少なくはなかった。
 アリオーンがしっかりと頷くと、コープルはゆっくり口を開く。
「あなたは、あなたの信じた道を行かれればいい。
 王のやり方の是非や他の方法を、今のうちによく考えておいて下さい。
 いつか自分で選ばなければならない時に、後悔しないように。
 正義の在り処など、考える必要はありません。
 正しいか間違っているかの判別は、後世の評論家に任せてしまえばいいんです」
「……おまえは、何者だ」
 コープルは再度微笑み、静かに言った。
「ただの、人間です」

 アリオーン兄様とコープルの会話が書きたかったのです。
 もうちょっとシャルローを絡めたかったな。



ティニーとリンダ。レヴィティル前提。

「お母様。風が強くなってきましたから、こちらへ」
 ティニーは小さな窓から外を眺めている母ティルテュの手を引き、部屋の奥へと連れていく。外の様子など見ていないし、この牢屋は窓の周辺以外風など吹かない。なのに、ティニーには風の流れや強さが理解できるのだと言う。リンダは不思議に思って窓へと視線をやった。けれどやはり、透明な空気の流れる様子など見えるはずもない。
 ティニーは、きっとすごいんだわ。
 リンダはほっと溜め息をつく。彼女とは従姉妹の間柄だから、幼い頃は能力などさほど変わらないのだと思っていた。けれど歳を経て魔法を習い、術を使うごとに彼女との差を思い知る。根拠こそ無いものの、その明確な差は努力しても埋まるものではないという予想がついていた。
 この世界は、生まれつき力のある者が尊ばれる。
 だから、自分がいくら努力してもティニーに魔法で勝てるわけがないし、イシュタルに代わってフリージの当主になれるわけでもない。
 それらは全て、この世に生まれ落ちた瞬間から決まっていることなのだ。
「リンダ」
 ティニーの呼ぶ声がする。思考を切り替えてリンダは微笑んだ。するりと目の前に細く白い手が差し出される。
「ごめんなさい、少し母様に魔力を分けてくれない? 衰弱がひどいの」
「もちろん、いいわよ」
 リンダは枯れ木のようなティルテュの手を握り、魔力を注ぎ込む。夕闇の中でもそれとわかるほど蒼白だった顔に少し赤みが戻った。
「ありがとう、助かるわ。私には、無理だから」
 ティニーが長い睫毛を伏せる。もどかしげな仕草だった。
「そんなことないわ。あなたの方が魔力は強いはずでしょう?」
「魔力が強いだけでできるなら、あなたに迷惑かけたりしないわよ」
 きっぱりと言い放つティニーの声は、何処か硬い。
 迷惑をかけていると思われているのが、少しつらかった。
 両親も兄弟もいない自分は、ティルテュとティニーのことを本当の家族だと思っている。家族で助け合うことに、迷惑などという感情は芽生えなかった。
「私の魔力は風の力が強いから、母様の魔力とは融合しないの。
 ……可笑しいわね。私は母様から生まれた娘なのに、力は同じではないなんて」
「でも、あなたは風と雷の、とても強い魔力を持っているわ。
 魔道士としてそれは誇ることだし、人々に尊ばれる喜ばしいことでしょう?」
 世間一般の認識を口にすると、ティニーは首を振った。
「誇りも尊敬もいらないわ。風の力なんて、欲しくなかった。
 母様の為にならない能力なんて、邪魔なだけよ」
 血を吐くように呟くティニーを、リンダは抱きしめた。肩が細かく震えている。
「そんなこと、言わないで。あなたのお父様が悲しまれるわ。
 いつかその力が、役に立つ時が来るわよ。今じゃなくても、いつかきっと」

 才能は欲しい人のところには来ない、らしい。
 でも聖戦世界では風最強という罠。



アーサーとアミッド

 雪原の向こう、流れるような灰色の髪を持つ少年が歩いてくる。
「アーサー!」
 アミッドは数日前に兄弟となった彼に駆け寄る。
 昨日、夜中にふと目を覚ますと隣のベッドに寝ているはずのアーサーが消えていた。父は血相を変えて吹雪の中を捜しに行ったが、朝になっても二人は帰ってこなかった。
 とても眠ることなどできず、風が窓を打ちつける音を聞きながらまんじりともせず夜を明かした。夜が明け外が明るくなってからは家の外に出て、見渡す限りの雪景色に人影が現れないかと待ち続けていた。
「何処行っていたんだ、心配したぞ」
 早朝からずっと外に出ていたアミッドよりも、アーサーの手は冷たかった。慌てて上衣をアーサーに着せ、家の中へ入れようとする。
「離せよ」
 アミッドの手が振り払われ、アーサーの目がぎろりとこちらを睨む。この家に来てから彼は、いつもこんな表情ばかりしている。
「俺に構うな」
「何を言うんだよ、そんなことできるわけないだろう」
 振り払われた手がじんと痛む。初めて会った時から思っていたが、彼の視野は何処までも直線的だ。自分の隣や後ろなど見えず、ただひたすら失った母と妹を追っている。
 そんなふうに、アミッドには見えた。
「煩い、おまえなんか嫌いだ」
「そうか、それで?」
「俺に構うな」
「二度同じことは言いたくないんだが」
 アミッドはアーサーの肩を掴み、壁に押し付ける。二つばかり年上の自分から見ても、彼はその容姿から受ける印象に違わず小柄で非力だ。逃れようともがくアーサーの肩を押さえつけたまま、言った。
「構われたくないんなら、どうして此処に戻ってきた?」
 その言葉に、アーサーは押し黙って唇を噛む。
「一人で生きていく力もないくせに、偉そうなことを言うな」
 悔しいのだろうか、アーサーの肩がぶるぶると震える。けれど、何も言い返されなかった。きっと言い返せないのだろう。
「アミッド、そのくらいで許してやりなさい」
 いつの間に帰ってきたのだろう。父がアミッドの背後に立っていた。昨夜からアーサーを探し回っていた所為か、防寒具は雪にまみれていた。
「アーサー、確かにきみを此処に連れてきたのは私だ。
 けれど、あのまま一人でいたら野垂れ死にしていたことは理解できるだろう?
 此処にずっと居ろとは言わない。いつでも好きな時に出て行けばいい。
 ただし、今はだめだ。いつか一人で生きていく力がついてから。分かったか?」
 父の言葉に、アーサーは顔を背けたまま微かに頷く。それを見て微笑んだ父は、右手を振り上げ彼の頬を打った。大きな音が、アミッドの鼓膜を貫いた。
「無事で、よかった」
 そのまま父は、アーサーを抱きしめる。父の帽子に積もっていた雪が滑り落ち、アーサーの首筋あたりに落ちた。その瞬間、アーサーの顔がくしゃりと歪む。
「……ごめんなさい」
 初めて子どもらしい表情を見せたアーサーは、それを皮切りにわぁわぁと大声で泣いた。

 アーサーはフュリーさん家に引き取られたり(レヴィン父の時)、アミッドパパに引き取られたりします。
 うちのアーサー実父はバーハラの戦いから帰ってきません。


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