荷造りを終えると、すっかり日が暮れていた。フィンは蝋燭に火をつけて窓の外を見る。しきりに降っていた雪はやみ、薄闇色の空に星が出ていた。
 明日にはこの地を離れ、主君達と共にレンスターへ帰国する。生まれ育った故郷に戻ることは嬉しくもあり、この一年余り苦楽を共にした仲間達と別れるのは淋しくもあった。
「フィン、入ってもいい?」
 扉が叩かれ、優しい柔らかな声が聞こえる。どうぞと返事をすると、フュリーが微笑みながら入ってきた。
「これ、道中で必要そうなものよ。シレジア領を抜けるまでは雪が深いから、多めに用意しておいたわ」
 ずっしりと重い荷を、傍らに置く。内乱勃発の危機に面したこの国で、これだけの物資を集めるのは容易ではなかっただろう。フュリーの心遣いに、フィンは深く頭を下げた。
「すまない、大変だっただろう」
「ううん、私にはこれくらいしかできないから」
 フュリーはフィンの居る窓辺に寄り、星空を見上げる。ひんやりとした冷気が足元にたなびいた。
「寒いな」
「あら、シレジアではこんなの普通よ」
 肩を竦めて腕をさすっていると、フュリーが羽織っていたショールを肩にかけてくれた。
「ありがとう」
「ふふっ、そんなに寒く感じるの?」
「レンスターの冬は、雪さえ滅多に降らないからね」
「そう、あたたかいところなのね……この国とは、違って」
 そっと、フュリーが目じりを拭う。震える細い肩を、フィンは抱き寄せた。
 目を僅かに赤くさせたフュリーは、それでもにっこり笑ってフィンを真っ直ぐに見る。
「帰りたくない、なんて言ってはだめよ」
「……うん」
「私も、ついていきたいなんて言わないから」
「それはちょっと、言って欲しかったかな」
「もう、決心が揺らぐようなこと言わないで」
 視線を交わしたまま、くすくすと笑い合う。レンスターへ戻ることが決まった時に、二人で決めた。お互いの立場で、お互いの国を守ることを優先すると。
「そうだ、これを渡そうと思っていたんだ」
 フィンから受け取ったものは、槍だった。その柄に施されている細工を見て、フュリーは息を呑む。
「これ……キュアン様から賜わった槍でしょう?」
「うん。命より、大事だと思っていた槍だよ」
 頷くと、フィンは槍を持つフュリーの手を握りしめた。
「きみを好きになるまでは」
 ぽたり、と重なり合った手に涙が落ちる。あっと小さく声をあげたが、止まらなかった。ぽろぽろと流れる涙が、次々に手を濡らしていく。
「大丈夫。少しの間、離れるだけだ。またすぐに、会える……会いに行くよ」
 自分に言い聞かせるようにして「会いに行く」と繰り返すフィンに、フュリーはしっかりと頷く。胸の中に、じわりとあたたかさが広がった。
「待っているわ、その日を」
 フィンは、はにかむような笑みを浮かべ、フュリーの頬の涙を拭った。


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