注意:
こちらは、ティニーに話を聞いた場合です。
世界観や時系列は同じです。
が、本編の4とは同時に成り立ちません。
しりきれトンボです。
了解頂けた方はそのまま下へどうぞ。













 あら、驚きましたわ。
 トラキアに来て、あなたにお会いできるなんて。
 お久しぶりで御座います。お元気そうで何より。
 ……まあ、まさか。
 平静を装っているだけですわ。とても驚いていますのよ。
 心の臓の音を、聞かせて差し上げたいほどです。
 そちらこそ、わたくしの顔など見るのも厭だと思っていらっしゃるのでは?
 あなたが育てた希望を潰したのは、他でもないわたくしなのですから。
 本当は、こうやって向かい合っているのさえ恐ろしくてたまりません。
 あなたが本気になられれば、わたくしなど一瞬でこの世から消えてしまいますもの。
 イシュタル皇妃に代わってフリージを継いでいる身とはいえ、所詮は分家の血筋。
 神器を使いこなすこともできません。
 叶うならすぐにでも、此処から逃げ出したいくらいです。
 次の瞬間にはあなたに殺されるのではないかと、気が気ではありませんから。
 ……そうですか。
 わざわざ此処にいらしたのは、わたくしに何かご用がおありなのですね。
 では、少なくともわたくしが何かしら話すまでは害を与える気はない、と。
 分かりました、信用致しましょう。
 あなたはきっと、嘘をついたりはなさらないでしょうし。
 尤も、真実を黙っていることはおありかもしれませんけれど。
 ……夜が明けてきましたわね。
 わたくし、これからお酒を頂くところでしたの。
 あなたも、ご一緒にいかが?


 では、こちらへどうぞ。
 段差がありますから、躓かないようになさって下さいませ。
 わたくし、このベランダから見る空が大層気に入っております。
 理由はすぐお分かりになりますわ。
 どうぞテーブルに凭れて、椅子に腰掛けてお待ち下さいな。
 トラキアに来た際には、いつも此処でお酒を頂きますの。
 少し風が冷たいのですが、火照った頬には心地良いものなのです。
 葡萄酒はお好きですか? きっとお口に合うと思いますわ。
 ほうら、綺麗な赤でございましょう?
 ご安心なさいませ、毒などは盛っておりませんから。
 ご心配でしたら、わたくしが先に飲ませて頂きますわ。
 ……ふぅ。ほら、何ともございません。
 どうぞ、ゆっくり召し上がって下さいませ。
 良い景色を見ながら味わうお酒はまた格別です。
 此処から見えるトラキアは、とても美しいでしょう?
 本当は竜の背に乗った方が、もっとずっと遠くまで見渡せるのですけれど。
 アリオーン様がいらっしゃったら、乗せて頂きましたのに。残念ですわ。
 そういえば、竜も昔のように珍しいものではなくなりましたわね。
 自国のみならず、他国に竜や竜騎士を使わせるようになったおかげで、トラキアの経済力はここ十年で飛躍的に発展致しました。
 竜と引き換えに外貨を得たおかげで、かつて痩せた土地しかなく傭兵稼業をして生計を立てる貧困な国は、見違えるほど美しくなりましたでしょう。
 代わりに軍事力は落ちましたけれど、それでも此処トラキア城の上空には、常に竜騎兵が飛んでいます。
 勿論城門は日頃から厳重に警備され、城内にも兵を控えさせています。
 にも関わらず、兵士達が侵入者に騒いでいる様子はありませんわね。
 普通の人間ならば、誰にも知られずに此処まで入り込むなど不可能に近いでしょうが。
 あなたならきっと、足音さえ気づかれずに入られたのでしょう。
 透明で、姿も見せず吹き抜ける、風のよう。
 けれど、淑女の部屋にノックも無しにお入りになるなんて無礼ですわよ。
 仮にも世が世なら、王位を継がれていたのでしょう?
 品位と節度をきちんとお弁えになった方がよろしくてよ。
 ……でも、そのお身体ではどのみち無理かしら。
 あら、怖いお顔。そんなふうになられても、まだ祖国を愛してらっしゃるのね。
 竜と人の成れの果てとは、よく言ったものですわ。
 人であって人でない、神であって神でない。
 そのような存在になってまで、人間をお救いになりたかったの、あなたは。
 わたくしには、理解しかねますわ。
 竜からすれば、人の生などほんの瞬く間なのでしょう?
 暗黒神に翻弄される人間の弱さを、何故嘆かれることがあるのかしら。
 ほんの少し目を瞑っていればいいことなのに、介入していらっしゃる。
 今回のわたくしへの来訪も、その一環なのでしょうか。
 ……もう酔ったのかしら。お喋りが過ぎたようですわ。
 ご来意を、伺いましょうか。
 ……人をお捜し? ……あぁ、あの方。
 亡くなりました、と嘘をついても無駄でしょうね。
 あなた自身、あの方の生存を確信してらっしゃるから、捜していらっしゃるのでしょう?
 お察しの通り、ご存命です。生きていらっしゃいます。……いえ、
 生かされている、と言った方が正しいでしょうか。
 どういうこと、と言われましても、国家機密を簡単にお話しするわけには参りません。
 それより、あなたは今更あの方に会われて、どうなさるおつもりですか?
 えぇ……場合によっては、あの方がいらっしゃる所に案内しないこともありません。
 いくつか、条件を呑んで頂ければ。
 まず、あなたが今後一切の干渉をユグドラルに行わないことです。
 また新たに人間に血を分け与えたりなさらないと、お約束下さい。
 もう愚かな争いごとを、人間が繰り返さない為に。
 ……ありがとうございます。安心致しました。
 あなたは嘘をおつきにならないから、疑う必要がなくて楽ですわ。
 あ、侮辱したわけではございませんのよ。
 人間相手だと、色々と気を遣うことが多いものですから。
 わたくし、争いごとが大嫌いですの。
 ……え?
 わたくしが最初から解放軍を裏切る気でいたと、お聞きになったのですか?
 まぁ、些か心外ですわ。いったいどなたがそう仰ったのでしょう。
 ……うふふ。面白いお話ですわね。
 字も碌に読めない傭兵風情が、よくそこまで考えついたこと。
 そうですわね、半分は当たり、と申しておきましょうか。
 別に訂正する必要もございませんけれど、真実をお聞きになりたいですか?
 ……聞いてどうなさるの? 
 吟遊詩人にでも化けて、何百年も後に昔話として語るおつもり?
 それも、楽しそうですわね。
 では、本当のところをお話し致しましょう。
 どうせでしたら、面白可笑しく脚色なさって下さいな。


 まず、裏切るつもりが最初からあったのか、という点ですね。
 特に、ございませんでしたわ。
 順序が良いので、わたくしが解放軍に加入した頃から話を始めさせて頂きます。
 セリス皇子率いる叛乱軍が、マンスターに侵攻してきた時のことです。
 領地に住む民衆は皆、解放軍の勝利を願っていました。
 わたくしはまだ幼くて、その事態に混乱しましたわ。
 何しろ、それまで支配者側だったのです。
 傍流とはいえずっと貴族として育って参りましたので、民衆がわたくし達支配者側に逆らうなど考えも及ばなかったのでしょう。
 確かに、伯父ブルームの圧政や伯母ヒルダの子ども狩りを見て、子どもながらに思うことはございました。
 重税や弾圧に苦しむ民や、子を取られた悲しみに泣く父母の姿。そして何より、戦争を引き起こしているのに民衆から絶賛される解放軍。
 わたくし達フリージ一族がしていることは悪なのかという考えが、頭の中にこびりついて離れない。とても、恐ろしかったですわ。
 あの頃は、善悪の尺度など持ち合わせておりませんでしたから。
 そしてある日のこと。
 悩みの重さに耐え切れなくなったわたくしは、従姉にあたるイシュタル皇妃に相談させて頂いたのです。
「セリス率いる叛乱軍と、我々フリージ一族と、どちらが正義なのですか?」と。
 わたくしの母は、反逆者の一味でした。
 当然わたくしも反逆者の子として、フリージ一族からは冷遇を受けていましたが、皇妃や兄君のイシュトー様にはとても優しくして頂きました。
 わたくしの悩みに、皇妃はこうお答え下さったのです。
「あなたにとっての正義とは何かを考えなさい。
 それを確かめたいのなら、解放軍に身を置いても構わないわ。
 ただ、身の危険を感じたり私に会いたくなったら、いつでもこれを使って帰って来なさい」
 そして、わたくしにワープの力が込められた指輪を下さいました。
 思えばあの時、皇妃は賭けをなさったのでしょう。
 わたくしが解放軍に身を置き、そのままセリス皇子の思想に染まってしまえば、徒に敵側の戦力を増やすことになります。
 けれど逆に、わたくしが解放軍ひいてはセリス皇子のやり方に疑問を持ち、たびたび皇妃やユリウス皇帝と連絡を取るようになれば、帝国側にとって都合の良い諜報員と成り得るのです。
 ですから、マンスターでイシュタル皇妃と敵対した時に、わたくしが何もしなかったのは妙でも何でもございません。
 その時点で、本当にわたくし達は敵対していたのですから。
 けれど結果として、皇妃は賭けにお勝ちになりました。
 わたくしは解放軍に身を置いてからも、皇妃に会いに行きましたから。
 解放軍の皆さんの目を盗んで、こっそりと。
 ですから、情報を漏洩していた、というのは正解ですわ。
 セリス皇子の指揮の仕方や作戦、行動の取り方など、疑問に思ったことは全て皇妃にお話ししていましたもの。
 けれど、その時点では裏切りなどという意識はございませんでした。
 明確にそう思うようになったのは……さぁ、いつからだったかしら。
 いつからかはよく覚えておりませんが、解放軍のやり方では争いなどなくならないと考えるようになったのです。 
 ユリウス様を倒して王になるということはつまり、セリス皇子が権力を握り、帝国の代わりに国を統治するということですわね。
 けれど、暗黒竜の力をお持ちの現皇帝と違い、絶対的な力をセリス皇子は持っていらっしゃらなかった。
 以前のバーハラ王家が尊ばれていたのも、暗黒竜の力に唯一対抗できるということに加え、光竜の書が他の神器より優れて強かったからでしょう?
 もしあの時、セリス皇子がユリウス様を討ち、帝国を滅ぼしていたとしましょう。
 セリス皇子が王位につき、光竜の正統な後継者を手元に置き、各国の権力者に解放軍の実力者たちを据える。
 完璧な図に見えますわ。その時、あるいはその先……何代かは安泰でしょう。
 お互い協力し、信頼し合ってきた仲間たちですもの。
 けれど、もっとずっと先はいかがかしら。
 何百年後、この時代が伝説と呼ばれるほどになった時も、その関係が保たれているでしょうか。
 信頼関係が築かれていたのは、遠い昔の話。
 各国はそれぞれの利を求め、争わないとも限りません。
 その時、抑止力となるのは何だと思われます?
 大昔の英雄譚でも、人間同士の信頼でもありません。
 圧倒的な、武力です。
 申しましたでしょう? わたくし、争いごとが大嫌いですの。
 より争いの少ない世界になるのでしたら、権力者が誰であろうと構いませんわ。
 ……あら、グラスが空ですわね。
 もう一杯、どうぞ。




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