「午睡」BLEACH 日雛



 周囲が褒める。
 天才だと褒める。

「ばかだなぁ」

 こいつだけは、いつも間延びした声で俺に言う。
 ばかだ、と。
 また怪我したね。
 また無茶したね。
 また徹夜したね。

 ばかだなぁ、日番谷くん。

 仮眠を取るため、執務室の長椅子に寝転がっているところに、幼馴染みの声がした。
「誰がバカだ」
 虚相手に戦い、新入りの部下の分まで仕事をし、何日も寝ていない。
 同じ隊ならともかく、ろくに顔も合わせていない他隊の副隊長がどうして分かるのか不思議でならない。
 うふふ、とあいつの笑う声が聞こえ、閉じている瞼にひやりとしたやわらかい感触を感じる。これは、あいつの手だ。
「天才とバカは紙一重って言うでしょ?」
 酷使し続けた目に、冷え性のあいつの手がとても心地良い。長く息を吐き出すと、疲れが抜け出るような気がした。
「日番谷くんは困った隊長さんだね、全部自分でやろうとするんだから」
「それのどこが悪い。誰にも迷惑かけてねぇだろうが」

 だからバカなんだよ。

 ふぅ、と溜め息をついてあいつはそう呟く。
 さっきから聞いてりゃ、人のことをバカバカ言いやがって。怒鳴ってやりたいが、そうする気力が今はない。
「例えば、日番谷くんが何かしたってだけで、心配して仕事が手につかない」
「……誰が」
「私が」
「んなの、知るかよ」
「あのねシロちゃん」

「心配かけさせるのって、一番だめなの。頼るべきところは頼りなさい」

 薄く目を開ける。
 呑気そうに笑って、
 年上ぶった顔をしている幼馴染み。
 言い返してやりたいが、そうする気力が今はない。

「こっちのセリフだ」

 それだけ言って、俺は再び目を閉じた。








「弔い」FE聖戦 ティニー


「フリージのためにしっかりおやり。おまえはその為に生かされているのだから」
「はい」

 忘れるものか。

「おまえの母親は一族の恥さらしだったね」
「仰る通りです」

 可哀想なお母様。

「おまえは生涯をかけて、母親の過ちを償わねばならないのだよ」
「わたくしの一生で、事足りるのでしたら」

 許すものか。

 母の葬儀の時でさえ、そんなことを言われる我が身が惨めで、母が哀れで、
 だからせめて泣くまいと。
 母に触れることすらしなかった。

「ティニー、泣いてもいいのよ」

 そっと、白い手が差し伸べられる。
 イシュタル姉様。あなたはいつもお優しい。
 でも。

「同情なんていりません」

 その笑顔の裏は、誰にもお見せにならないのでしょう?







「悲しくて愛(かな)しい残酷な話」アビス ジェイディス


 ネビリム先生が、
 壊れた。

「サフィール、先生が壊れちゃいました」
 洟垂れのサフィールは、さっきから震えてぐずぐずと泣いている。
「ジェイド、それは死んだっていうんだよ」
 死んだ?
 人間が死ぬって、物が壊れることと同じじゃないか。
 壊れたら、また作ればいい。
「じゃあ、僕がもう一度先生を作りますよ」
 サフィールは顔をあげて、僕を見る。
「ジェイドは、先生を作れるの?」
「不可能ではないと思います」
 ジェイドはすごい。サフィールは思う。
 あいつは大人にも負けないくらい頭が良くて、そして何でもできるんだ。
 先生を甦らせることも、きっとジェイドならできる。
 きっと、もっとずっとすごいことだってできる。

「僕も手伝うよ、ジェイド」
「下僕が何を手伝えるというんですか」

 その歪んだ理想は、
 彼の胸にずっと巣食い続ける。








「ごめんな」BLEACH ギン乱


 どれほどの時間が経過しただろう。
 ギンはいつものように何日も留守にした後ひょっこり帰ってきて、
 いつものことなのでいつもは無視を決め込むのに、
 いつものようにできずに手当たり次第に物を投げつけて泣き喚いた。
 膝を抱えて額を両膝につけ、ぐすぐすと鼻を啜る。
 今となっては、どうしてあんな行動を取ったのか分からないし、あんなことをした自分が恥ずかしい。
 涙はとうに止まっているのに、意地になって顔をあげられないでいる。
「なぁ、泣かんといて乱菊。堪忍したってぇな」
 同居人は先程から、ずっと私の傍に居て宥めすかしている。
 こんな時にこそ何処かへ行っちゃえばいいのに、なんて悔しく思ったりした。
「ボクが悪かったんやろ、なぁ、ちゃんとこっち見て言うてや」
 一緒に暮らしている私が言うのも何だが、この男は本当によく分からない。
 言動に一貫性どころか、信念やこだわりさえ見受けられないのだ。
 たとえば、損得勘定。
 私なんかを拾っても、邪魔にしかならないのに、拾ってくれた。
 飢えて死ぬはずだった私を、救ってくれた。
 たとえ、それが気まぐれだったとしても、嬉しかった。
 だから、その時点で満足しておけばよかったのに。
 一緒に居たいと思った。役に立ちたいと思った。恩を返したい、と思ったこともあった。
 実際はそんな殊勝な感情ではなく、ただ自分のためだったのだと思い知る。
 ギンがいなくなるたび、帰ってくるたび、思い知る。
 私はただひたすら私のために、この男の傍に居たいのだと。
「……ギン」
 食いしばった歯から嗚咽が洩れ、彼の細い首に腕を回す。
 以前よりももっと、痩せた体にしがみつく。
 今度は何処に行ってきたのか、彼の首筋からは瑞々しい果実の匂いがした。
「あぁ、」
 ギンの手が、私の頭をそっと撫ぜる。もう片方の手は、私の背をとんとんと叩いた。
「淋しかったんやね、乱菊」
 とんとん、とんとん、
 鼓動を追うように優しいその叩き方に、ほっと安堵の溜め息をつく。
「ごめんな、乱菊」
 いつもは、「堪忍」とか「すんませんな」とかしか言わないギンが、偶にこう言って私に謝ってくれる。
 ギンの言うその言葉が、私は好きだった。
「…………ごめんな」
 聞く時はいつも、きまって悲しい時なのだけれど。









「死ぬまで一緒の約束」アビス ルクナタ(アシュナタ)


「ルーク!」
 見慣れた炎のように赤い髪が視界に映った途端、私は駆け出す。

 ひめさま。

 行儀作法を咎める女官達が苦言を投げかけてくるが、そんなことに構っていられない。
 彼が誘拐されてから、私は生きた心地がしなかった。
 幾日も泣きながら、亡くなられたお母様に祈った。
 どうかルークをお守りください、私の元にお帰しください、と。
 祈りは届いた。願いは叶ったのだ。嬉しくて、私の頬に熱いものが流れる。
「あぁ、ルーク、よかった……無事で」
 彼は私の大事な幼馴染み、大事な婚約者。
 彼に抱きつき、額をすり寄せ、何処も怪我をしていないか触れて確認する。
 よかった、ちゃんとルークは帰ってきてくれた。
 これで元通り。以前のように楽しい日々が、また繰り返される。
 そんな私の安堵をよそに、彼は呆然と私を見つめ返してきた。
「あっ」
 私は小さく声をあげて、彼から手を放す。
 ルークは誘拐され、監禁されていた所から帰ってきたばかりなのだ。
 きっと疲れている。また私は、自分本位な行動をしてしまった。
 王族としてやってはいけないことだと、お父様に何度も言われているのに。
「ごめんなさい、私ったら……」
 そう言えばいつものように、ルークは笑い返してくれるはずだった。
 けれど、今はただぼんやりと私を見返すだけ。
 その視線に奇妙な恐怖を感じた次の瞬間、


「だれ?」


 私の目の前は真っ暗になった。
 呼吸がとまるほどの絶望の中、私の頭の何処かが冷静に告げる。



 ルークは帰ってきていない。
 もう、戻れないのだと。