「聖痕」FE ユリイシュ
国王夫妻の子どもは双子。
兄のユリウスが皇太子の座につき、いずれはグランベルの王として国を導く。
その揺るぎない未来を、私はあの時確かに見ていたのに。
「ユリウス様」
祝いだと国中が騒いでいる中、今までならどんな祝いの席でも中心に居たはずの彼は、
輪から外れてひとりぼっちだった。
「イシュタル」
私の顔を見ると、いつものようにぱっと顔を輝かせてこちらへ歩いてきてくれる。
いつもと変わらないその表情が嬉しくて、悲しかった。
「ユリウス様、あの……」
いつもなら、彼に何でも言えるのに、今日は何も言葉が見つからない。
お母様に、もうユリウス殿下と話すのはよしなさいと言われた。
後継者は、妹のユリア姫に決まったからだ、と。
グランベル王の証である、聖者ヘイムの聖痕。
それは、皇太子のユリウス様でなく妹のユリア様に現れた。
だからもう、ユリウス様に気に入られる必要はないと、お母様は仰った。
「イシュタル、そんな顔しないでよ」
ぽんぽん、とユリウス様が私の頭を撫でて下さる。
私の方が年上なのに、この方はいつも大人びて見えた。
「君の母上から、僕はもういらないから、君に会うなって言われたんだ」
お母様。
ユリウス様に、そんなひどいことを。
お母様。お母様は、とても厳しい方。
フリージのために、と家のことを一番に考えていらっしゃる。
残酷とは思わない。それが、名家の女性の正しいあり方だと私は理解していた。
でも、あんな痕ひとつで、ユリウス様を傷つけるなんて。
私の胸にも、雷神の聖痕がある。これだけで、私はフリージの次期当主の座を得られる。
私の価値や、努力や才能などは問題ではない。この痕があるか無いかで、当主が決まる。
あんなに、イシュトーお兄様が次期当主に相応しくあるようにと努力していらっしゃったのに。
この聖痕は、お兄様の努力も苦労も全て潰してしまったのだ。
「会えなくなるのは淋しいけれど、逆らったら君がお母様に叱られるものね」
こんな痕が、なんだと言うのだろう。
ユリウス様は、とても素晴らしい方だ。
幼いながらも、次期国王としての器を早くから認められ、人格も素晴らしい。
努力だって、けして怠らない勤勉な方だ。
なのに、こんな痕ひとつで。
私はユリウス様に、お会いできなくなってしまう。
「……です」
「え?」
ぽろぽろと、私の頬に涙が流れる。お母様に見られたら、きっと叱られる。あとで撲たれる。
けれど、とまらない、とまらない。
「いやです、絶対いやです……私は、ユリウス様の家臣です……」
生まれて初めて、お母様に逆らった。叱られる。撲たれる。折檻は怖い。怖い。
でも、それよりも、ユリウス様とお会いできないのはもっと怖い。
「ユリウス様のお傍に……ずっと、ずっと居たいです」
「……イシュタル」
ユリウス様は困ったように微笑んで、
けれど、その笑顔は水面が緩くたわむように崩れ、
少しだけ、一緒に泣いた。
「陽だまり」FE ノディオン一家
私の所為ではないと思う。
いや、やっぱり私の所為かな。
「アレス、ねぇいいこだから、お願いだから泣きやんでよ」
さっきまで、この可愛らしい甥っ子は陽だまりの揺り籠の中、安らかに寝息をたてていた。
それがあまりにも可愛いから、つい、ほっぺをつつきたくなったのだ。
赤ちゃんの頬ってすべすべで、とても柔らかい。
…という幸せな気分も束の間、いきなり甥っ子は目を覚まして泣き出したのだ。
火がついたように泣く赤子を懸命にあやす。
義姉がいつもやっているように抱き上げて揺らしてあげるのだが、一向に泣き止む気配を見せない。
「もう、ゲラーニェ義姉様が抱いたらすぐ泣き止むのに……」
母は偉大ということか。あぁもう、お義姉様ったら何処に行かれたのかしら。
「ラケシス、アレスを泣かせるな。城中に響いてるぞ」
入ってきたのは我が兄のエルトシャン。
何ですかそのお言葉。まるで私がアレスをいじめているみたいじゃないですか。
「泣き止まないからあやしていたのよ! そんなこと仰るならお兄様代わって!」
でん、とアレスを兄の腕に押し付けると、赤子は更に激しく泣き出した。
「ま、待てアレス。確かに近頃仕事が忙しかったが、まさか父の顔を忘れたのか!?」
うん、ダメージ大と見た。獅子王殺すに刃物はいらぬ。
さて。けれどお兄様でもアレスが泣き止まないとなれば、やっぱり義姉様を探してくるしかないわね。
そう思って部屋を出た瞬間、目的の人物と遭遇する。
「グラーニェ義姉様! あぁよかったぁ……」
安堵でへなへなと倒れこむと、義姉は美しい顔を綻ばせる。
「ごめんなさいねラケシス様、アレスの目が覚める前に戻ってくるつもりだったのよ」
う。それはやはり私が起こした所為だろうか。
部屋に入った義姉は、我が子に激しく泣かれる夫の腕からアレスをそっと取り上げる。
「あらあら、あなたまであやして下さっていたのですね」
ちっとも懐かれていないようですけれど、と義姉は可笑しそうに笑う。
その言葉に兄は、顔を赤くして押し黙る。何と言うか、父親の威厳ゼロだ。
義姉の腕に抱かれたアレスは、さっきまでの勢いが嘘のようにぴたりと泣き止んだ。
「厨房をお借りして、お菓子を焼いてきましたの。この子が寝付いたらお茶に致しましょう」
道理で、甘い匂いがすると思った。義姉の持ってきたバスケットから漂う焼き菓子の匂い。
「やったぁ! お義姉様のお菓子美味しいんだもん!」
「あ、こらラケシス。つまみ食いをするな、はしたない」
時に厳しく、いつも優しい兄と義姉。可愛い甥。陽だまりのあたたかい部屋。
此処には、ずっと私が欲しかったものが全てある。
さくりと軽い音をたてた焼き菓子は、甘い幸せの味がした。
「雪うさぎ」BLEACH イチルキ
ぼんやりと、休日の午後を満喫する。
ベッドに仰向けに寝転び、雑誌を流し読みする。
そして。
何故か隣には、同じベッドにうつぶせで寝転んでいるヤツが居る。
「おい、ルキア」
「なんだ、一護」
お互いに雑誌から目を離さないままに会話をする。
「今日の天気はなんだ?」
「雪が降っておるな」
「おぉ、道理で寒いわけだな」
「それがどうかしたか?」
「ちょっと、外行かねぇか?」
「……構わんが」
二人して外に出ると、雪が音もなくぼとぼとと降っている。
これは積もりそうだ。明日雪かきが大変かもな。
「何をするのだ、一護」
「まぁ見てなって」
雪を手ごろな大きさに固めて、ちょいちょいと葉っぱを二枚突き刺す。
目に使う赤い実は無いが、まぁこれでも充分だろう。
「何に見える?」
「……うさぎだな」
あっという間にできた雪うさぎに、ルキアはきらきらと目を輝かせている。
「わ、私にも、作れるか?」
「おぅ、簡単だぜ」
と、言ってみたものの。
何故かルキアの作る雪うさぎは、しっかり固まらずにぼろぼろと崩れていってしまう。
「おまえ、ヘタなのは絵だけじゃなかったんだなー」
「……侮辱するか貴様ぁ!」
よほど悔しいのか、涙目になりながら睨みつけられる。
パンチかキックが来ると思ったが、ルキアは雪に向き直り、作成を開始する。
「ふん、見ておれ一護。今にあっと言わせてやるからな」
やまない雪が、ルキアの黒髪をところどころ白く染めている。
「頑張るのもいいけど、寒いんだから風邪ひくなよ?」
「たわけ! 死神は風邪などひかん!」
そう言ったルキアの指は、雪に冷えて赤くなっていた。
「お願い」アビス シンアリ
今度こそあいつらを仕留める。
あの7番目も一緒に殺してやる。
「僕も……一緒に死んでやるか」
どうせ、一度はなくした命だ。今更惜しいとも思わない。
この身ひとつであいつらが消え、ヴァンの計画が達成すると思えば安いものだ。
「いや、です……」
「アリエッタ」
いつから居たのだろう。いや、僕が気づかなかっただけか。
どうやら随分思案していたらしい。
「シンク、死んだらいやです」
「はぁ? そんな寝言は聞かないよ」
こいつはバカだ。
死んだらいやなんて、そんなのはあの導師様にでも言っていればいい。
僕は違う。僕はイオンじゃない。
いくらこいつが僕にイオンの面影を見ているからって、そんなことどうだっていい。
「シンク、お願いです。お願いが、あるんです」
泣きそうな顔で見上げてくる。
はぁ、とひとつ溜め息をついて、何、と訊いてやる。
「アリエッタより、先に死んだらだめです」
何を。
何を考えて、こいつはそんなことを言うのか。
「何バカなこと言ってるのさ。
あんたがいつ何処で死ぬかなんて知ったことじゃない」
「はい、それでも」
アリエッタはにっこりと笑う。
それでも、覚えていてください、と。
「そしたら、できるだけ、死なないようになると思います…です」
「ん……まぁ、簡単にやられはしないけど」
そう言うと、アリエッタは、はいと頷いて去って行った。
僕には、預言を読む能力はほとんど無い。
けれど、この時にもし預言を読んでいたら、アリエッタをとめただろうか。
僕たちの中で一番先に死ぬことになる、彼女を。
「羨望」アビス フロアニ(イオアニ)
「フローリアン!」
「わぁ、アニス!」
ついこの間まで、あたしがダアトに寄ると嬉しそうに駆け寄ってきたフローリアンは、
最近あたしを見ると逃げ出す。
まぁ、どうしてか、なんてのは分かってるんだけど。
「こらー、まだ今日のノルマは終わってないのよ!」
「やだー、もう本読みたくないよ! また明日!」
「だめ! 待ちなさーい!」
ばたばたと教会中を走り回るあたし達は、既に観光客の名物だ。
息をきらして彼を捕まえても、すぐ眠いだのお腹すいただのとうるさい。
仕方ないんだけどね。だってまだ三歳だもの。
毎日こうやって追いかけて、捕まえて、それはとても重労働。
給料が割に合わない、なんて思うこともしばしば。
けれど、
どうしようもなく嬉しいのだ。
イオン様は、こんなふうに走ることもできなかった。
体が弱いのに、負担のかかることばかりさせられ、
導師という職に押し込められて外に出ることも容易ではなく、
両親を人質にとられていたとはいえ、あたしが殺してしまった。
イオン様。
「アニス、どうしたの?」
ひょい、とフローリアンがあたしの顔を覗き込む。
イオン様と、同じ顔の彼。
「なんでもないよ」
この子は、ずっと元気に走っていて欲しい。
伸び伸びと、これからの人生を生きて、誰にも利用されずに大きくなって欲しい。
「フローリアン」
無垢なる者の名の示す通り、
何にも汚されずに居て欲しい。