「別離」FE レヴィフュリ
やっとのことで見つけた王子は、王位なんてどうでもいいと言った後、申し訳なさそうに付け足した。
恨んでくれて構わないと。
私は涙の止まらないままに、笑った。
私の忠誠は、いつまでも王子のものです。
軍人の仮面をかぶり、言った。
「レヴィン様」
黙って家を出て行こうとするあなたの背に、そっと呼びかける。
こういう時、どのような行動をとれば良いのだろうか。
軍人ではなく、このひとの妻として、何を言えばいいのだろう。
彼は、シレジアの王だけれど。
優しい風を民に運んでくれる、かけがえのないひとだけれど。
でも、それだけではない。
風とは希望の導き手。
風の力を宿すものは、世界をあたたかな方へ導くのだと。
「すまない、フュリー」
振り返らない背中。謝らせてしまったことに、ひどく申し訳ない気持ちになった。
私こそ申し訳ありませんと言うと、レヴィン様はやっと振り向いて下さった。いつもと変わらない、けれど決意の漂う顔を見て、私は涙を堪えて微笑む。
まるで、あの時のような表情。恨んでくれて構わないと、言った時の。
「私は、あなたをお守りする王直属の天馬騎士ですのに……お供できず、申し訳ありません」
恨んだことなんて一度たりとてない。そんな負の感情を持つには、彼は私にとってあまりに眩しすぎた。果てない空を飛ぶ鳥のように、届かないと知りながら憧れてやまなかった。
飛ぶ鳥は羽を休める為に、私という木を選んでくれた。それだけで、涙が出るほど幸福だった。たとえ束の間の宿り木だったとしても、私の傍に居て下さったことが嬉しかった。
だから、それ以上は何も望まない。あなたといつまでも一緒に居たいなんて、そんな我が儘は言わない。それは、鳥の羽を切って籠の中に閉じ込めてしまうこと。
私が愛したのは、風に愛され、民に愛され、そして何処までも自由な、この国の王たるひとだから。
「フュリー、」
ふわり、とレヴィン様の腕が私を包む。あたたかい腕は、小刻みに震えていた。
「全てが終わったら、きっと帰ってくる。きっとだ」
「……はい」
それは嘘だと、私の中で何かが告げていた。直感だろうか、それとも共に長く時間を過ごした幼馴染みだから分かってしまうのだろうか。
この世で再び会えることはもう無いのだと、何の根拠が無くとも私はそう確信した。
それでも、嬉しかった。私のところに、帰ってくると言ってくれたことが。
幼い頃から、このひとはいつも私を置いて先に歩いて行った。捕まえてみろよと挑発してくる王子を、私は息をきらして追いかけてそして追いつけず、何度も悔しい思いをした。
王位継承争いで、レヴィン様がシレジアを出奔した時も。
主君であるラーナ様をお慰めもせずまた置いていくのですか、と泣いた。
そんな彼が、帰ってくると私に約束してくれたのは、初めてだった。
「では私、レヴィン様を追いかけません。此処で、待っています」
そして、彼はひときわ強く私を抱きしめて、愛していると囁いてくれた。
何度言われても慣れることができない。だってあなたが愛するのは、この国であり、この世界であり、柔らかな風に見守られている私達の子どもや、亡き英雄達の遺した希望だと思うから。
私がその中に居るなんて、とても有り難くて、同時に本当に申し訳ない。だって、あなたは本当にずっとずっと昔から、私の手の届かない所に居たから。
こうして共に居られて、可愛い子ども達にも恵まれて、私には身に過ぎた幸福だと思っているから。
「レヴィン様」
泣き虫でごめんなさいと言ってから、涙を流す。
「私、本当に幸せです。ねぇ、レヴィン様……私、幸せなんです」
嘘ではない。今この瞬間にも、このひとと共に居たことがとても幸せだと思える。
「だからどうか、私のことはお気になさらず。私は此処で、百年も二百年もお待ちしていますから」
この身が朽ちて、この家がなくなり、誰も私のことを覚えていなくなっても。
すまないと、彼は何度も繰り返した。
私は涙の止まらないままに、笑った。
私の持てる全てのものは、いつまでもあなたのものです。
「郷愁」FE レヴィシル
欲しいなんて思わない。
ただ、訊いてみたくなっただけのことだ。
「ねぇ、レヴィン」
アグストリアの柔らかい草むらに寝転がる吟遊詩人を、立ち上がって見下ろす。ぼんやりと空を眺めている彼は、間の抜けた顔をしていながらも気品が漂っていた。
「シルヴィア、おまえこの角度で見ると不細工だぞ」
言うに事欠いてこれである。これでも人目に触れる職を生業としているのだから、どの角度から見られてもそれなりに見えている自信はある。からかいのつもりなのか本音なのかは知ったことではないが、他の女の子を口説く時の語彙を少しはこっちにも発揮して欲しいものだ。
「そう。あんたはいつ見ても馬鹿面だけどね」
「は、可愛くねぇやつ」
出会った時の、可愛い綺麗だあんたの踊りは最高だと褒められ続けるのにも辟易したが、これはこれで腹が立つ。けれど、口が減らないように見えて実際彼は気を許した人間にしかこんな口を叩かないようだ。そう思えば、まぁ悪い気はしない。
「ところで、レヴィン」
「なんだよ」
「故郷って、どんなものなの?」
季節特有の強い風が吹き、音を立てて草原を揺らす。何気なくした質問が招いたのは、何とも奇妙な沈黙だった。
「……知ってどうする?」
「どうもしないわ。どんなものかと思っただけよ」
そこまで言って、あぁ無神経な質問だったと頭を抱えたくなる。
そういえば、この男は逃げてきたと言っていた。
何から逃げてきたのかは知らないが、きっと故郷の何かからだろう。そうでなくては、先程の質問とこの不機嫌さの説明がつかない。
「あの……えっとね、」
「故郷ってのはな」
何とか話題を逸らせようとした矢先に、レヴィンが語りだす。
「束縛されて、期待されて、がんじがらめになる……けれど」
ふっと、彼の緑色の眸が柔らかくなる。
「すげぇ懐かしくて、どうしても切り離せないものなんだ」
その時の彼の表情は、何に喩えようもない。ただ優しく、柔らかく、そして焦がれるほどに穏やかだった。
「そう」
馬鹿な質問をした、と思った。
ただ、訊いてみたくなっただけだけれど。
もしかしたら、欲しいと思っていたのかもしれない。
帰る場所。迎えてくれるひと。そして自分を構成する原点となる、懐かしい居場所を。
「案外つまらない所なのね、故郷って」
「大事な物ってのは大概そういう物だろ」
けろりと笑われる。これが、持つ者と持たざる者の違いなのか、なんて卑屈にも思ったりした。
「なのに、捨ててきたの?」
大事だと、何の躊躇いもなく言えるような場所を。
レヴィンは、いつものお調子者を装っている顔を変えないままに遠くを見た。
「大事に抱えてるだけじゃ、守れなかったんだ」
けれど、その目はひどく悲しそうだった。
この男は、本当に故郷を愛していて、そして何よりもそれに囚われている。
吟遊詩人と名乗られた時、どうしても拭えなかった違和感に今頃辿り着く。
諸国を放浪するには、彼はあまりに一所に思いを残しているのだ。
「じゃあ、今は? 逃げて、守れたの?」
レヴィンの表情が、さっと色を無くす。その一瞬で、理解した。
ただ逃げてきた、だけなのだと。
「詰めが甘いのよ、あんたって」
中途半端とも言う。
大事なものから逃げてきたくせに、それに固執している。
自由がいいと言いながら、囚われることを望んでいる。
悪いことではない。けれど、こいつには似合わない。
「早く帰りなさいよ、いつまでもこんな所にいないで」
そう言ったあたしの頭を、レヴィンの手がくしゃくしゃと撫でる。
「おまえ、なんでそんな俺のこと分かるわけ」
「知ってるでしょう?」
その温かい感触に少し絆されそうになりながら、けれどやはり振り払う。
あたしは、故郷に思いを馳せるようなひととは、一緒に居られない。
「好きだからよ、あんたのこと」
馬鹿、と心の中で少し毒づいた。
「大人の義務」BLEACH 日雛(日乱)
空は快晴。洗濯日和。
今日も平和な十番隊舎。
「隊長〜! 雛森はどうしていないんですかぁ!?」
朝っぱらから大声で騒ぐ副官を横目に、日番谷は書類仕事をこなしていく。こういう時は無視を決め込むのだが、暫くすると圧し掛かられて潰される。そうなったらもう仕事どころではなくなるので、仕方なく返事はしてやる。
「松本、その質問何回目か教えてやろうか?」
「えぇと、十五回目です」
「何度同じことを訊けば気が済む、仕事しろ松本」
「隊長こそ、いつになったら雛森を探してきてくれるんですか!」
「知るか! そんなにあいつに会いたいならおまえが探しに行け!」
「え、いいんですかぁ〜?」
「いやよくない。失言だった。仕事しろ松本」
「だからぁ、隊長が雛森を探してきて下さいよ。私はちゃんと仕事やっておきますって」
「嘘つけ。俺がいなくなったら堂々とサボる気だろう」
「あ、あらやだ隊長、そんなこと全く一向に微塵も考えていませんでしたのに〜」
「目が泳いでるぞ松本」
副官はふぅと溜め息をつき、これでも心配してるんですからねと言葉を継ぐ。
「雛森、昨日も寝てないらしいですよ?」
「……」
「ろくに食べてないですよ、きっと」
「……」
「って、私が言うまでもなく隊長は気づいてると思いますけど」
「当たり前だろうが」
「心配だからって、昨日までは此処に連れて来て介抱していたのに」
藍染がいなくなってからの雛森は、目に見えてやつれていき、そして溜まっていた五番隊の仕事にのめり込んだ。無理をし過ぎだという周囲の声を無視し、ほぼ寝食を忘れて仕事に没頭していた。そうすることで上司のことを忘れようとしているのか、もしくは罪滅ぼしのつもりなのかは定かではないが。
「言われたんだよ、昨日」
「え?」
仮眠を取らせ、四番隊で栄養注射をして貰い、五番隊舎に送る途中で言われた。
「いつまで、こんなことするの?」
落ちるような、言葉だった。
「いつまで私を構うの?」
「幼馴染みへの義理立てなんていらない」
「いいかげん、放っておいてよ」
「あなたには十番隊があるでしょう、日番谷隊長」
驚いて目を見張る日番谷に、雛森は虚ろな視線を向ける。
「あなたは、たくさんのひとに愛されて幸せでいればいいわ。
私にあなたは、いらない」
事情を聞いた松本は、はぁと大きく溜め息をつく。
「それで落ち込んでるんですか?」
まぁ、思春期の男の子は繊細ですからね…と副官は目頭を押さえる。
「ガキ扱いするなよ、雛森みたいなこと言いやがって」
「子どもを子どもとして扱うのは当然です。なので、」
ばん、と松本は日番谷の執務机に手を置く。書類が振動でばらばらと散った。
「お節介を焼くのも大人の務めだと思うので言わせて貰います」
じっと目を合わせられる。松本の灰色の眸は、時折とても鋭い色を帯びることがある。
「隊長にそんな酷いこと言った雛森が、今頃どうしているかなんて、分からない隊長じゃないでしょう?」
「…っ」
はっと息を呑む。今回ばかりは、年上の副官に一本取られた。
「松本、ちょっと出てくる。絶対サボるなよ!」
「はぁい、行ってらっしゃい! シ・ロ・ちゃん♪」
「馬鹿野郎、俺をそう呼んでいいのは雛森だけだ!」
瞬歩であっという間に見えなくなった上司を見送って、松本はくすりと笑った。
「まったく、うちの隊長は手がかかるったら」
天才児のくせに、色恋事にはとんと才覚が無いんだから。
「まぁでも、その方が可愛いからいいか」
空は快晴。洗濯日和。
今日も平和な十番隊舎。
「初対面?」BLEACH 桃ルキ
人付き合いは苦手だ。
初対面の人間には、何を話したら良いのか、皆目見当もつかん。
「ルキアさーん!」
呼ばれたので振り返る。黒髪を二つに縛った女生徒が、ばたばたと走ってきた。
彼女には見覚えがある。確か、恋次と同じクラスの子だ。
「此処に居たんだ、探しちゃったよ!」
「……何か用か?」
「あのね、私お弁当作ってきたんだ。阿散井くんや吉良くんと食べようと思って。でも張り切って作りすぎちゃったから、ルキアさんも誘おうかなって」
「……何で、私に? クラスも違うのに」
「…………あれ?」
少女は、きょとんと笑顔を固まらせる。そのまま七秒、静止したままだ。
「ど、どうした?」
具合でも悪いのか、と顔を近づけた途端、彼女は顔を真っ赤にして慌て始めた。
「あっ…あぁぁ! そ、そうだよね! 私って実はもしかしなくともルキアさんと話すの初めてだったよね…っ!」
「あ、あぁ」
「うわぁぁどうしよう! 馴れ馴れしくルキアさんって呼んじゃった! あぁもう、だって阿散井くんがいつもそう呼んでるから!」
「いや、それは構わない……」
「で、でも不審人物だったよね!? いきなり知らないひとから声かけられて怖かったでしょ!? ごめんねルキアさん!」
「え、いや……全く知らなかったわけでもないし」
この少女は、恋次とよく一緒に居る。恋人だろうかと当初は思ったが、もう一人男を連れていることからどうもそうではないらしい。その男が、先程の「吉良くん」なのだろう。
「そ、そうなの……? あ、私阿散井くんとよく一緒だから?」
「あぁ、恋次とよく見かけるなぁと思っていた」
「そっか……よかったぁ」
ふわりと、花のように少女は微笑む。可愛らしい素朴な顔立ちは、笑顔がよく似合っていた。
「私もね、阿散井くんがルキアさんの話ばかりするから、何だかずっと前から知ってた気になっちゃってたんだ」
「そうか……恋次が」
「うん、ルキアさんのこと自慢したり褒めたり……ねぇ、ひょっとして付き合ってるの?」
「な、何を馬鹿な! あいつはただ同じ地区の出身なだけだ!」
「あぁ、なんか分かるなぁ。同じ地区の出身って家族みたいなもんだよね」
「……流魂街の出身なのか?」
「うん、第一地区の潤林安」
「そう……か」
「あ、昼休み無くなっちゃう! ね、お弁当食べよう!」
彼女は私の手を引き、来た時と同じように走り出す。その手はとても温かかった。
「すまん、名前を教えて貰えないか?」
私の言葉に彼女は、うっかりしてた、ごめんねと前置きして名を告げる。
「雛森。雛森桃っていうの、よろしく」
そう言って笑った彼女は、やはり桃の花のようだった。