「相乗り」FE フィンエデ
「エスリン、エスリン!」
帰還(リターン)の杖という珍しい杖が手に入った。
けれど、既に転移(ワープ)の杖を所持している私には必要ない。
杖が使える友人に渡そうと思ったのだが、何処にも姿が見当たらない。
鮮やかな桃色の髪はよく目立つので、遠目にもよく分かるのだが。
「どうかなさいましたか、エーディン様」
「あら、あなた……」
確か、キュアン様とエスリンが連れてきた唯一の供。シグルド様と同じ青い髪の、けれどまだ若輩だろうと思わせるあどけない風貌。槍の腕はまだ一人前とは言い難いが、主君への忠誠は篤い信頼に足る騎士だという。
「えぇと、確かフィン殿ね?」
「どうぞフィンとお呼び下さい。エスリン様にご用ですか?」
「あぁ、そうそう。この杖をエスリンに渡したいのだけれど、彼女は今何処に居るか分かるかしら?」
「さきほど、ノディオン城から急な援軍要請が来たものですから、エスリン様は回復役としてもう発たれました。今頃は最前線にいらっしゃるかと」
「そうなの……」
最前線に行ってしまったのなら、後方支援である自分が彼女と接触するのは難しい。どうしたものかと考えあぐねていると、フィンが手綱を引いてきた馬にひらりと飛び乗った。
「杖をお渡しになるのなら早い方がいいですね。今から馬を飛ばせば追いつけます。どうぞ、私の後ろにお乗り下さい」
「え……」
男性と相乗りするなど、十を越えてからは久しくなかったことだ。
「結構ですわ。乗馬の経験くらい私にだってあります」
「平時ならお止めしませんが、戦場で馬を駆るのがどれほど危険なことか、ご存知ないわけではないでしょう?」
尤もな言い分だ。けれど、と押し黙っていると、フィンが手を差し出してきた。
「お手をどうぞ、エーディン様」
「あ……ありがとう」
手を重ねると、足を鐙に掛けたのを見計らい、ぐいと馬上へ引っ張り上げられる。予想以上に、力は強いようだ。
「フィン、こういう時は馬から下りて先に女性を乗せるものですよ」
「平時ならばそう致しましょう。今は急ぎますので、ご無礼をお許し下さい」
言い終わらないうちに、彼は馬の腹を蹴って走らせる。エーディンは軽く悲鳴をあげて、彼の背にしがみついた。
「フィ、フィン! こういう時は一言断ってから馬を走らせるものですよ」
「黙っていたほうがいいです、舌を噛みますので」
ミデェールや他の家臣には取られもしないような態度に、エーディンは気分を些か害した。
しかし、彼がユングヴィの兵と違うのは当たり前だとすぐに思い直す。
戦場に出る機会が多いレンスターの兵は、きっと皆こうなのだろう。
戦場では、身分の差など慮っている暇などない。
判断と行動が一拍でも遅れれば、それが命取りになってしまうこともある。
多少粗雑に扱われても、それが戦場での気遣いなのだ。
エーディンは、先程握った彼の手を思い出す。
きっと槍の訓練を怠らない、皮の厚い大きな手だった。
そしてしがみついた背は、まだまだ筋肉の薄い少年の背だった。
「休息」FE クロフュリ
シレジアの冬は寒い。
特に、グランベルやアグストリアに住んでいた人達は、体調を崩すことが多い。
フュリーはラーナ王妃の命令で、彼らに防寒具を配って回っていた。
厚手の上着やストール、毛糸の帽子。
夜が寒いという兵には羽毛布団。風邪気味の人には医者を手配。
それぞれに対応していくと目の回るような忙しさだった。
見かねたレヴィンが手伝おうかと訊ねたが、フュリーは断固拒否した。
「王子にそんなことはさせられません」
そう言って、自分は独楽鼠のように働いていた。
「あ」
視界の端に、金髪の男性が映る。彼はいつもと変わらない長衣姿で、しきりと降る雪を眺めているようだった。
「クロード様!」
呼びかけると、神父はゆったりと微笑む。
「あぁ、お忙しそうですね」
フュリーは持っていたストールを広げ、神父の肩にかける。
彼は背が高いので、背伸びをして抱きつくような形になってしまったが。
「そのような薄着では、お風邪を召されます」
「ありがとう、フュリー殿」
礼を言われて初めて、彼の顔が至近距離になるまで近づいていたことに気づく。
フュリーは顔を赤く染め、ご無礼を致しましたと飛び退いた。
けれど神父は、そんな自分を可笑しそうに微笑んで言った。
「丁度お茶を淹れたんですよ、飲んでいきませんか?」
「え、でも……まだ仕事がありますので」
「一人で飲んでも、美味しくないんですよ。付き合って頂けませんか?」
幾度か杖を習い、そしてお茶も飲んだことがあるが、ここまで強引な彼は珍しい。
「……では、お言葉に甘えて」
部屋に入ると、暖炉で燃える火があたたかく、強張っていた頬が弛緩した。
神父の出してくれたお茶は、グランベルを発つ時に持ってきたという高級な茶葉を使った贅沢品である。琥珀色の液体に、垂らされた蜂蜜の香りが甘く漂っている。
フュリーは、このお茶がとても好きだった。
「美味しいです」
ほっと息をつくと、体中の疲れが取れる気がする。
動いている間は気づかなかったが、朝から働きづめだった手足は悲鳴をあげていた。
「それは良かった、あなたにそう言って頂けると淹れ甲斐があります」
にこにこと微笑む神父が、フュリーはとても好きだった。
彼と一緒に居ると、居心地がいい。
彼の笑顔も、雰囲気も、淹れてくれるお茶も、疲れている時にいつも元気をくれる。
「あ……」
そう考えて、思い至る。彼がこうやって自分をお茶に誘うのは、いつも自覚の無いまま疲れている時なのだ。
「クロード様……あの、」
「真面目で勤勉なのは、あなたの良い所です」
フュリーの言葉を遮り、クロードが言葉を紡ぐ。
「けれどね、あなたが無理をして倒れでもしたら、皆が心配するんですよ? 仕事をきちんとこなすのは結構ですけれど、休息も忘れずに取って下さい」
神父の心遣いが身に沁みた。
強引に自分を部屋に招き入れたのは、疲れている自分を休ませる為だったのだ。
あたたかいお茶が、胃の腑に沁みた。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「謝る必要はありませんよ、私が勝手にしたことです。あぁでも、」
クロードはフュリーの背に回り、マフラーを首に巻いてくれた。
「これからはもう少し、自分のことも心配してあげて下さいね」
そう言われて、フュリーは自分がクロードのことも責められないような薄着であったことに気がつく。
「あの、私は慣れていますから」
「言ったでしょう、私はあなたが心配なんですよ」
振り向いて仰ぎ見た神父は、とても優しい笑顔をしていた。
「髪梳かし」FE アサフィー
「アーサー起きなさい、朝よ」
うーんと伸びをして、目を開けたアーサーは恋人の顔を見る。
「おはよう、フィー」
「早くないわ、もう昼前よ」
布団を剥がされ、寝台から追い出される。すっかり身支度を済ませた彼女は、櫛を持って椅子を示した。
こうやって起きたアーサーの髪を梳かすのが、フィーの日課となっている。
癖のない灰色の髪は梳かす必要もないほどさらさらで綺麗なのだが、もうすっかり習慣になってしまっていた。
椅子に腰掛けたアーサーの背後に回り、滑らせるように髪を梳かす。
相変わらず、もつれても膨らんでもいない。
「綺麗よね、アーサーの髪」
「フィーの方が綺麗だよ」
そう言って、アーサーは身体を逸らせてフィーの顔を見、若葉色の髪に指を通す。ふわりと波打った短い髪は、長い雪に閉ざされても尚伸びる、シレジアの逞しい草木のようだ。
「……戦争が終わったら、伸ばそうかな」
「あぁ、そうしなよ。そしたら俺が結ってやるから」
まるで待ちきれないとでも言うように、アーサーはフィーの髪を指に絡める。
「髪が伸びるまで、一緒に居てくれる?」
「何言ってんだよ、ずっとずっと一緒だろう?」
触れられた指がくすぐったくて、その言葉が嬉しくて、
フィーは幸せそうに微笑んだ。
「恋情」FE セリユリ
山積みになった書類を見て、グランベル国王セリスは溜め息をつく。
書類の内容は、妹姫であるユリアの婚姻関連。
何度断っても続々と届けられ、とうとう本人の耳に入れざるを得ない状況にまで差し迫ってきた。
王の妹ともなれば、政略に利用しようと縁談が絶えないのは分かっていた。
そして、ユリアを誰にも縁付けたくない自身の気持ちにも気づいていた。
けれど、それは許されることではない。
ユリアと自分は、父が違うとはいえ兄妹なのだ。
この世で唯一、血の繋がった家族なのだから。
家族はいつまでも家族だけれど、いつまでも一緒には居られない。
ユリアはまだ年若い少女である。
亡くなった人に祈りを捧げる生活よりも、一国の王妹らしく華やかな生活をさせてあげたい。
その為に、ユリアをいつまでも此処に置いていてはならない。
優しく聡明で、誰からも好かれる妹に、将来の伴侶となる相手を探してあげたい。
セリス様、と頬を染めていつもより高い声で自分の名を呼んでくれていたように、
彼女が心から愛せ、また彼女を愛してくれる人と幸せになって欲しい。
「ユリア、」
兄の顔をして、何でもない風を装い、編物をしている彼女に話しかける。
「はい、陛下」
編み棒をとめ、顔をあげてユリアは微笑む。可愛らしかったその笑顔は、年を重ねたことで上品な魅力を兼ね備えるようになった。
綺麗になったな。
出会った時より、去年より、昨日より、綺麗に見える。きっと、明日の彼女は今よりもっと綺麗だろう。
できるなら、いつか命尽きるその日までずっと、彼女のことを見ていたかった。
「……縁談が来ているよ、たくさん」
「陛下の、ですか?」
「ううん、ユリアにも」
「…………」
黙りこんでしまったユリアの背後に回り、長い銀糸の髪を両手で梳く。
時折白く光るこの髪が好きだった。
真っ直ぐに見つめてくれる、紫水晶のような眸が好きだった。
白い頬も、華奢な手足も、鈴を転がしたような声も、何もかも。
彼女を構成し、形作っているもの全てが、愛しかった。
好きだと言ってしまいたかった。
この身に流れる血も、世間の目も、国王としての責任も捨てて、
愛していると告げたかった。
「急ぐ必要はないけれど、そろそろ考えておいて方がいい。ユリアには、幸せになって欲しいからね。
結婚式は、バーハラを挙げて妹の新しい門出を祝うよ。
花嫁には、何を持たせてあげればいいのかな。欲しいものがあったら、何でも言ってね」
矢継ぎ早に言葉を並べる自分が、ひどく滑稽だった。
「兄様、私は……何方にも嫁すつもりはございません」
振り向かないまま、ユリアはまた編み棒を動かし始めた。
「私は、一生分の愛を知りました。
もう誰も好きになれませんし、好かれたいとも思いません」
編み棒が、小刻みに震える。それはだめだと否定されるのが怖いのか、それとも叶わぬ想いがつらいのかは分からない。
「ただ、お傍に居させて下さい。それ以上のことなんて、望んだりしませんから」
ユリアの声が震える。
それだけで心臓が焦げるほどに熱くなり、行き場のない想いは胸のあたりに重く漂った。
好きだと言ってしまいたかった。
愛していると告げたかった。
言葉では何度言っても足りないこの想いは、一度たりとて言うことは許されない。
想いを閉じ込めたままセリスは、掬い上げた銀色の髪に唇を落とした。