東の空がすっかり明るくなっている。
 アスランの前には、夜を徹して作り上げた物があった。
「よし、できた」
 婚約者に進呈すべくして作られた会心の作を前に、アスランは受話器を取り、指が覚えている番号を押した。


「疲れましたわ……」
 ラクスは帰宅するなり、自室のベッドに倒れこむ。
 コンサートツアーを回り、その直後から新曲のレコーディングを開始し、雑誌社のインタビューその他のプロモーション活動と、アイドルの仕事をつい今朝方終えたばかりであった。帰宅を出迎えた使用人達の声ですら、今は鬱陶しい。
「お嬢様、お電話です」
 扉を叩く音と、使用人が自分を呼ぶ声がする。睡魔に引き込まれてかけていた意識が現実に返り、ラクスは身を起こした。此処に鏡があったなら、きっと自分は物凄く不機嫌な顔をしているのだろうと思う。
「……誰からですか?」
「ザラ議長のご子息からです」
 その言葉に、ラクスはベッドから飛び降りて扉を開ける。あまりの勢いに使用人は肩を竦ませ、次に微笑んで電話の子機を渡した。
「もしもし」
『おはようございます、ラクス。お仕事終わりましたか?』
 婚約者の声を聴くのは何日ぶりだろう。耳に響く少し低めの声に、ラクスの心臓は素直に心拍数を上げた。
「えぇ。今し方終えて、自宅に帰ってきました」
『あぁ……ではお疲れですね。すみません、もしかして起こしてしまいましたか?』
「アスラン、わたくしは疲れているなんて一言も申しておりません」
 本音を言えば身体はくたくたに疲れているのだが、そう言ってしまえば彼が遠慮して会いに来てくれないのは分かっていた。
 この婚約者はとても優しくて、いつも自分のことばかり気遣ってくれる。そのくせ、彼は自身の我が儘を通すことが大層苦手なため、いつも損ばかりしていることもラクスは知っていた。
「これから、あなたにお会いしたいですわ」
 だから、我が儘は自分から言わなければならないのだとラクスが気づいたのは、つい最近のことだ。それまではお互いがお互いに気を遣いすぎて、我がことながら他人行儀な婚約者同士だったのだろうと思う。
『あ、えぇ。ご迷惑でなければ……俺も、貴女に渡したい物がありますし』
「まぁ、そうですの? では楽しみにお待ちしておりますわね」
 そう言って電話を切ったラクスは、すぐさま身繕いに取りかかる。髪を梳り、疲れの見える顔に薄く化粧を施すと、「ハロハロ!」という声が聞こえた。
「ピンクちゃん」
 名を呼ぶと、ぴょんと自分の膝に納まる。ずっと留守番をさせていたから、この子に会うのもそういえば久しぶりだ。
「これから、アスランがいらっしゃいますのよ。いい子にしていて下さいね」
 そう言って頭(?)を撫でると、「アスラーン」と名を呼び、部屋をぴょんぴょんと跳ね回る。ペットは飼い主に似ると言うけれど、この子もアスランに会えることが嬉しいのだろうか。
 そう微笑ましく思ったのも束の間、ハロは飛び跳ねながら部屋を出て行った。
「ピンクちゃん!?」
 慌てて追いかけるが、ハロは階段を下り、玄関から外へと出て行ってしまう。
 今まで、ハロが命令無しに単独で外に出たことなどない。故障したのだろうかと瞬時思案したが、ともかくアスランから貰ったハロを紛失するわけにはいかない。
「お嬢様、お出かけですか?」
 使用人達の不思議そうな顔を横目に、ラクスは走って外へと出た。


「こら、待て!」
 アスランは人ごみをすり抜けながら、ラクスへの贈り物を追っていた。
 軍属であるアスランは、コーディネイターの中でも一般人より身体能力が優れている。普通ならすぐ捕まえられるのだが、こう人が多くてはそれも侭ならない。加えて、追っている物は小さくて丸いので、人ごみを物ともせずに走り抜けている。
「一体どうしたんだ……誤作動か?」
 電話を切り、「今からラクスに会いに行くからな、おとなしくしろよ」と言った途端、あれは飛び跳ねながら外へと飛び出した。「ラクスー!」と言いながら逃げているため、通行人が足をとめて振り返るほどだ。
「あっ」
 追いかけている物は、人通りの無い路地裏へと入って行く。これで捕まえられるだろうと思ったアスランは、加速して足を速めた。
「アスラーン!」
「は?」
 ラクスの名を呼びながら逃げていたと思ったハロが、今度は自分の名を呼びながら向かってくる。ハロを手で受け止めると、それは自分が追っていた物とは違っていた。
「おまえ、ラクスのピンクじゃないか……」
昨年、彼女の誕生日にあげたハロ。この子はピンクちゃんですわねと名をつけてくれ、そしてとても喜んでくれた。アスランの脳裏に、ふわりとした桃色の髪が思い浮かぶ。
「ラクスはどうしたんだ? はぐれたのか?」
 手中にあるピンクのハロに訊いていると、前方から誰かの足音が聞こえた。
「アス……ラン?」
 ハロとは違う声の呼びかけに顔を上げると、今一番会いたいと思った少女の姿があった。
 彼女は自分が追いかけていた、緑色のハロを両手で持っていた。



「……ラクス、どうして此処に?」
 ラクスは乱れた呼吸を整えてから状況を話した。
「え、えぇ……お電話の後にアスランがいらっしゃいますわよと言いましたら、いきなりピンクちゃんが飛び出して行ったのです」
 どうしてかしら、と首を傾げる彼女に、アスランは俺もですよ、と微笑む
「俺も電話の後、そいつにラクスに会いに行くと言ったら、飛び出して行ったんで追いかけていたんです」
「まぁ……会いに行きたい相手に会いに行くなんて、やはり飼い主に似たのかしら」
「まさか。機械ですよハロは」
 製作者であるアスランが冷静にそう応える。ラクスとしては反応して欲しい点はそこではないのだが、アスランが鈍いのはいつものことなので今更怒る気にもなれない。
「じゃあ、製作者に……いいえ、似ていませんわよね」
 ラクスは緑色のハロを撫でながら、意地悪く微笑んだ。
「アスランはこんなに、わたくしの名前をたくさん呼んで下さいませんもの」
「そ、そんなことは……」
 無い、とも言い切れないのだろう。アスランは赤くなって押し黙ってしまった。手の中のハロは、いまだ「ラクス、ラクス!」と言っている。
 意地悪だったかしらとラクスは思い、冗談ですわと言おうとした瞬間、アスランの手が伸びてハロのスイッチを切った。
 途端、ハロは沈黙して一言も言葉を発さなくなってしまった。
「ラクス」
「は、はい?」
「何回貴女の名を呼べば、ハロに勝ちますか?」
 ラクスは大きな眸をぱちぱちと瞬き、少し考える素振りをした。
「そうですね……百万回、でいかがですか?」
「ひゃ、ひゃく……!?」
「えぇ。無理ですか?」
 もし此処で、ハロのように意味なく連呼されたらどうしようかとラクスは思ったが、アスランは頬を赤く染めながらもラクスに歩み寄り、抱きしめた。
「無理なわけないでしょう。俺達は、家族になるんですから」
「……」
 良かった、と思う。この婚約者はいつも自分の欲しい言葉をくれないものだから、今でも時々片想いをしているような気持ちになってしまう。
 ラクスはぎこちなく抱きしめてくれるアスランの胸に、そっと頬をすり寄せた。この腕の中はとてもあたたかくて、これからの幸せが全て詰まっているかのようだ。
「ずっと、一生……死ぬまで俺達は、一緒に居るんですから」
 不器用なこのひとが、言葉を尽くして自分を想っていると言ってくれるのが嬉しい。
 とても、嬉しい。泣きたくなるほどに。
「ラクス、愛しています。百万回でも、一千万回でも、言えますよ」
「ありがとう、アスラン……大好きですわ」
 二人の足元には、ピンクと緑のハロが仲良く寄り添っていた。



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「家族」という言葉がすごく似合うと思う。
どうにもアスラク好きです。
ザラ誕でお友達に捧げた物です。