日雛イメージ短文。
下にいくごとに暗くなっていくのが悲しい。
お題お借りしました。![]()
しろちゃん。
春の陽射しによく似会う、幼い少女の声が聞こえる。
ふたつに結った髪は艶々と黒く、細い手足は折れそうなほど華奢で、
とても、幸せそうに笑う少女だった。
しろちゃん。
なにがおかしいのかと、訊いたことがある。
少女はまったく意外そうに、瞬時動きをとめて言った。
おかしくないよ、楽しいの。
しろちゃんと一緒にいると、嬉しいの。
そして、少女はまた笑う。
花のように美しく、幸せそうに。
その笑顔を、壊したくないと思ったのはいつからだっただろう。
自分と少女は違う存在で、同じ世界で生きていて、
だから、そんなことができるはずもなかった。
ひびわれた小さな手で、そっと少女の頤に手を伸ばす。
ふわりとやわらかい肌の感触がした。
くすぐったいよ、しろちゃん。
声をあげて笑う少女を見て、ますます困惑する。
どうすればこのまま、笑ったままの彼女で居てくれるのだろう。
ほうと、少女の吐息が指にかかる。あたたかい。
しろちゃん、手がつめたいね。
少女は自分の両手を握り、しきりに息を吹きかける。
あったかくなぁれ、しろちゃんの手。
にこり。少女がまた微笑んだので、目を伏せた。
どうすればいいのか、わからない。
自分の手は、少女にすっぽりと包まれてしまうほどに小さく、
願いを叶えるための術など、何も持ち合わせていなかった。
01. 今日はたくさん笑ったね
「だめ、いらない」
「食えって」
「いや、いらない」
言い争いの間を見計らったかのように、くぅと腹の虫が鳴った。
「ほらみろ、腹減ってんだろ」
「減って、ないもん」
冬獅郎の手にひとつ、林檎が握られていた。
桃は自分に差し出されるそれを懸命に押し返す。
「シロちゃんが食べないなら、いらない」
頑として食べようとしない桃に、冬獅郎はとうとう溜め息をついた。
いつも、喧嘩をすると折れるのは彼の方である。
「年上なら、年上らしくしろ」
「そっちこそ、年下が遠慮なんかしないの」
じぃと睨んでくる黒い双眸に負け、冬獅郎はとうとう林檎を口に運んだ。
しゃりしゃりと小気味良い音が聞こえ、桃はほっと肩をおとす。
その瞬間、冬獅郎が桃の腕を掴んでぐいと引き寄せる。
「へっ?」
瞬きをする間に、桃の唇は冬獅郎の口によって塞がれていた。
爽やかな甘味と酸味が口内を満たし、喉へと流れ込む。
ごくり、と桃が飲み込むと、冬獅郎は唇を離した。
「全部こうやって食わせてやろうか?」
至近距離にある翡翠色の眸が睨みつける。
桃は頬がかぁっと熱くなった。
「じ、じ、自分で……食べ、ます」
冬獅郎の手からなかば奪うように林檎を受け取り、齧り出す。
まんまと彼の策にはまったと気づいたのは、林檎が芯だけになってからだった。
02. 「ほらこれ、おまえの分」
「日番谷くん」
陽だまりの中、部屋の畳に座した雛森。
傍らには、ごろりと寝転がっている幼馴染み。
昔からよくしていたように、銀色にひかる髪を撫で梳いてやる。
「ずっと、一緒に居られるといいね」
「あ?」
「死ぬまで……死んで現世に生まれても、一緒に居られるといいね」
「なんだよいきなり」
「別に、何ってわけじゃないんだけどね」
幼馴染みの頭から手を離し、雛森は微笑む。
「ただ、誰かとずっと一緒に居られるなら、誰がいいかなって」
「……何でまたそんなこと考えたんだよ」
「だから、別に理由なんか無いんだってば」
時折、幼馴染みのこういう所がよく分からないと日番谷は思う。
彼からすればどうでもいいようなことを口に出したり考えたり。
時間の無駄だと思わないでもないが、その無駄が彼は嫌いではなかった。
「心配しなくても、一緒に居てやるよ」
「本当? とか言って可愛い彼女とかできたらいなくなるんじゃない?」
笑顔で無神経な言葉を吐く鈍感さに、日番谷はこめかみを抑えた。
「そっちこそ、彼氏ができたからもういらないとか言うなよ」
「あはは、それはないよ」
雛森はごろりと寝転がり、日番谷の額に額を寄せる。
「私は世界中の全てより、シロちゃんのことが大事だから」
「……大層な口説き文句だな」
言葉ではあくまで平静な振りをしたが、頬が熱くなっていくのはどうしようもなかった。
なんだってこんなに悲しいのか。
なんだってこんなに苦しいのか。
雛森は闇の中でそっと首を傾げる。
きっとまだ、ここが空いているんだ。
左手をそっと、傷痕の上に当てる。
まだこの胸にはあのひとがつけた傷があるの。
虚みたいに、ぽっかり穴が空いてるの。
それが、世の中のかなしさやさみしさを吸い取っているんだ。
そうに違いない、きっとそうだ。
だから私は、こんなに悲しいんだ。
「違う、違う」
しろい、銀色にひかる髪が、闇の中でゆらめく。
「雛森、傷なんてもうない。とっくに、塞がっている」
闇の中で、彼の顔は見えない。必死さを含んだ声だけが届く。
雛森は、きゅっと眉をしかめた。
邪魔だな。日番谷くん、邪魔なの。言葉に声を乗せた。
はたり、彼の声が止まる。よかった。
私の世界の前提条件を壊すあなたは邪魔。
昨日も、同じことを言った気がする。
どうして彼は、邪魔と言われに毎日此処に来るのだろう。
「俺は、おまえにどう思われたって構わない」
ぱたぱたぱた。雨音がする。
けれど空気は湿っていない。
「おまえが泣きさえしなければ、俺は消えてやる」
泣いてなんか、いないよ。
ぱたぱた。ぱたぱたぱた。
雛森は両の目から、絶えず血の涙を流していた。
03. 涙でも許してくれる
十番隊舎に、いつもと変わらない昼時が来た。
けれど、来訪者はいない。
それだけが、いつもと違っていた。
この違和感を黙して過ぎ去らせようとした日番谷に、
副官は金色の髪を翻して告げる。
「雛森、今日は来ませんねぇ」
「……」
無視をする日番谷に、松本は続けて言った。
「おはぎを作ってくれるって言うから、楽しみにしてたのになぁ」
「……」
「ひどいですよね、雛森」
「松本」
「約束、忘れちゃったんですかねぇ」
「松本!」
日番谷が声を荒げると、流石に松本も黙る。
「それ以上言うと、おまえでもただじゃおかねぇぞ」
すうと部屋の温度が下がる。
松本は長い髪をかきあげると、すみませんと一言謝る。
「別に、ふざけたわけじゃないんですよ」
何処か淋しげに微笑む副官に、日番谷は黙ったまま頷く。
彼女がそんなに無神経な人間ではないことは知っていた。
「だって、雛森が此処にいないなんて、そんなこと有り得ないんです」
四番隊舎で、いまだ眠ったままの少女を思う。
胸を突かれて、死にかけて、そのまま昏睡している少女。
「嘘みたいじゃないですか、そんなの」
昼時になれば、松本が茶を淹れて。
扉が三度叩かれて。
お団子に髪を結った少女が、弁当の包みを提げて入ってくる。
日番谷くん、乱菊さん、お邪魔しまぁす。
それが、変わり映えのしない日常だった。
「嘘ですよ、あの子がいない、なんて」
そのまま日番谷と松本は、来るはずのない少女を待った。
04. きみの優しさが日常になっていたこと
完全な幸福とは、どんなものを言うのだろう。
それをずっと捜し求めて、捜し続けて、永い時間が過ぎた。
自分のためではなく、たったひとり大事なひとのために。
幸せって、なんだ?
見上げる身の丈の少女に、訊いた。
少女は笑って言った。
シロちゃんと、おばあちゃんと、ずぅっと一緒にいること。
そうかと頷いた次の日、祖母は帰らぬひととなった。
少女は泣いた。ずっとずっとたくさん泣いて、笑った。
ごめんね、もう大丈夫。
彼女の幸せが、ひとつなくなった。
それからまた時が経ち、黒い着物を纏うようになった。
自分は隊長、彼女が副隊長となった時、また訊いた。
幸せって、なんだ?
お団子頭の少女は、頬を染めて言った。
藍染隊長の、お役に立てること。
そうかと頷いた次の日、藍染が串刺しにされた。
少女は泣いた。錯乱して私闘騒ぎを起こして、ついには、
藍染隊長の、仇よ。
自分に刀を向けた。
彼女の幸せが、またひとつなくなった。
それからまた時が経ち、隊長が三人失踪した。
事後処理に追われる中、死の淵から少女が目を覚ました。
そして、唇が乾くのを感じながらまた訊いた。
幸せって、なんだ?
肩に届く黒髪を震わせた少女は、幻影に囚われた目のまま言った。
いなくなってしまいたい。
そうかと頷いた次の日、彼女は生きていた。
少女は泣いた。たくさん泣いても、泣き止まなかった。
泣き通しの彼女を見て、思った。
彼女の幸せが、もうひとつも残っていないのだと。
完全な幸福とは、どんなものを言うのだろう。
それをずっと捜し求めて、捜し続けて、永い時間が過ぎた。
自分のためではなく、たったひとり大事なひとのために。
05. 知り得る限りの幸せを、
淆々五題
戻る