夢を見る。
 女の人が、泣いている夢。
 泣きながら、ごめんなさいと繰り返す夢。
 誰だったのか、もう思い出せないけれど。


 ずきん、と体中にはしった痛みで目が覚める。
 白い天井、拘束具、消毒液の匂いがする部屋。
 もう、何日此処に居るんだろう。
 周りは知らないひとばかり。化け物、と囁く声も聞こえた。
 ジョーンズに居ても、そんなふうに陰で呼ばれていたことを、ステラはぼんやりと思い出す。
 だから、いつも一緒に居た。同じ化け物呼ばわりされるスティングとアウルと。
 三人でいる時は、寂しくなんてなかった。昔から一緒に居た仲間だから。
 でも、此処には二人ともいない。
「かえりたいな」
 腕を動かしてみる。拘束具がぎしぎしと鳴った。昨日散々暴れて滲んだ血の跡が、首を起こすと転々と見えた。
 血。血の色。赤い色。
 ずっと嫌いだった。死を連想させるこの色が、大嫌いだった。
 けれど、今はとても安心する色。ステラの大好きなひとの、眸と同じ色。
「シン」
 ひとりぼっちのこの場所で、シンだけが自分に会いに来てくれている。優しく笑って、ステラの傍に居てくれる。
 一度海で会っただけなのに、シンはステラにとても優しくしてくれた。
 そして、守るという言葉もくれた。
「まも……る」
 口に出して呟くと、ほっと身体があたたかくなる。じんわりと嬉しい気持ちになれる。シンはすごい。こんなに幸せになれる言葉に、ステラは今まで出会ったことがなかった。
「シン」
 以前に来てくれてから、どれくらい経っただろう。痛みに耐え、麻酔で眠ることを繰り返しているステラにとっては、時間の経過を知る術がなかった。ついさっき来てくれたようでもあるし、長い間顔を見ていないようでもある。
「呼んだ?」
「あっ」
 扉の開く音がして、シンの顔が見える。それだけでとても安心して、自然と頬が綻んだ。
「シン……」
 シンはいつも、優しい顔で微笑んでくれる。一緒に、ステラも笑ってみせた。会いたいと思った時に来てくれるなんて、シンは本当にすごい。絵本で呼んだ、王子様みたい。
「遅くなってごめんな。ステラ、身体の調子はどう?」
 言われて、ステラは大丈夫、と頷く。所々は痛むけれど、シンに会えた嬉しさが全部消してくれたみたいに気にならない。
「じゃあさ、ちょっと外に行こうよ」
「え?」
 そう言うと、シンはステラの拘束具を外していく。いつかシンがこれを外してくれと誰かに言っていた時、彼が非難されていたことを思い出してステラは慌てた。
「ダメだよ。シンが、怒られるよ」
「大丈夫、今誰もいないから」
 シンに支えられて上半身を起こすと、ステラは辺りを見回した。本当に誰もいない。
「ね、大丈夫だろう?」
 シンは笑ってくれるが、ステラの不安はそう簡単に払拭されなかった。
 ステラに難しいことは分からない。けれど、此処は幾度も自分達が倒そうとしていた『敵』なのだということは理解している。
「でも……ステラが出歩いたら此処のひとたち、怖がるから……」
 此処に来てから、いろんな人にたくさん怖がられた。ステラにはわからない言葉もたくさん言われたが、悪意はいつも正しく伝わる。
『化け物』『連合の生体兵器』『感情のない殺人道具』
 言われるたびにつらかった。けれど此処にいる人々にとって、自分は紛れも無い敵である。味方の中に居てすら化け物だと言われてきたのだから、此処では尚更である。
 今までステラは、此処にいる人間はみんな悪いことをする敵だと思ってきた。だから殺しても良いのだと。
 けれど、その中にシンが居た。溺れかかったステラを助け、守ってくれると言ってくれたシン。そんなひとが、果たして自分の敵だろうか。
 そう考えた時、ステラの中で善と悪の価値観が破壊された。此処の人間は敵だと教えられてきたけれど、それは違う気がした。だって、シンは敵じゃないから。
「大丈夫だよ、ステラ」
 シンはベッドに腰を下ろすと、優しくステラの頭を撫でた。大きくて、あたたかい手。
「俺が守るから」
 ふわり、とシンに抱えられて立たされる。不思議。シンにそう言われると、本当に大丈夫な気がしてくる。
「歩ける? おぶってあげようか?」
「ううん、歩きたい!」
 久しぶりに身体が動かせる嬉しさに、ステラは飛び跳ねた。


 外に出ると、少し肌寒い風が顔を打ちつけた。
「真っ暗……」
「夜だからね」
 波の音と、潮の香りがする。確かに海がある。暗くてよく見えないけれど、月の光が波に反射してゆらゆらと光っていた。
「海、きれい……夜に海見るの、はじめて」
「そっか、はじめてだったんだ」
 こっちがよく見えるよ、とシンはステラの手を引き、座らせた。
「ありがとう、シン……すごく、きれい」
 シンの顔を見上げて微笑むと、いつものように優しい笑顔を見せてくれる。
「良かった、気にいってくれて」
 そう言いながら、シンは視線を上へと移す。何かあるのだろうと、ステラも一緒に空を見上げた。
 そこには、満天の星が輝いていた。
「わぁ……お星さま!」
「うん、きれいだね」
 夜空を見上げたのも、久しぶりな気がした。以前いつ見たのだろうかと考えると、やっぱり思い出せないのだけれど。
「ステラの名前、星っていう意味があるんだって」
「ほし?」
「そう。きらきら光る、星の名前だよ。ステラ」
「………あ」
 そう、そんなふうに。
 昔、誰かに言われたことがある。
 大好きな、優しい、誰かに。
『ステラ。星を見たら、私を思い出してね』
 泣きながら、そう言っていた女の人。
 ごめんなさいと泣きながら、最後までステラの手を放したくないと泣いて、けれど最後には手を放してしまったひと。
『ステラ、ごめんね、ごめんなさい……    を、ゆるして……』
 子どものように泣きながら、何度もごめんなさいと言っていた。幾度も夢に見る、誰なのか思い出せない、けれど間違いなく大好きだったひと。
「どうしたの、ステラ」
 シンが心配そうに、ステラを覗き込んで、頬の涙を拭ってくれている。自分が泣いていたことに、ステラはようやく気づいた。
「シン」
「なに?」
「シンは、いなくならないよね?」
 その女のひとも、ネオもスティングもアウルも、此処にはいない。自分が居場所を変えるたびに、大事なひとたちはいなくなってしまう。一緒に来てはくれない。
「ステラが何処に行っても、ずっと一緒に居てくれるよね?」
「……」
 シンが、つらそうな顔をする。それを見てステラは、背筋が凍るような恐怖を覚えた。
 また自分は、どこかに連れて行かれてしまうのだろうか。自分の意思とは関係なく、大事なひとと別れて、またひとりぼっちになってしまうのだろうか。
「いや……シン、お願い」
 怖くて怖くて、シンの腕に縋りつく。あたたかいのに、震えがとまらなかった。
「ステラ?」
「ひとりぼっちは、いや。……ステラ、シンと一緒に居たいの」
 言い終わる前に、シンの腕がステラを抱きしめた。ぽたぽたと、ステラの睫毛に涙が降る。
「シ、ン……?」
「僕も同じだよ。僕も、ステラと一緒に居たい。独りになるのはいやだ」
 搾り出したような、低い声でシンは言った。
「シン、泣いてるの?」
 悲しそうで、悔しそうで、ステラと同じくらい彼も震えていた。
 どうしよう、シンが泣いている。ステラはおろおろと、シンの頬に手を伸ばす。
 けれどそのシンの言葉から、きっと一緒には居られないだろうとステラは感じていた。
 いつだってそう。いつだってステラは、自分の望むところには行けない。
 一緒に居られなくなったら、どうすればいいだろうか。
 淋しくないように、どうすればいいだろうか。
 考えるステラの眸に、夜空に浮かぶ星が映る。
「シン、大丈夫。離れ離れになったら、夜空を見てくれたらいいよ」
「夜空?」
「うん。ステラ、星だから。シンと離れたら、星になってシンのこといつも見てるから」
 ステラはそう言って、にっこりと笑った。


「ステラ」
 夜空を見上げ、シンが呟く。泣き腫らした目は虚ろに星の光を捉えていた。
「どこにいるの、ステラ」
 手を伸ばしても、届かない。けれどどこかに、きっとステラがいる。
「ねぇ、俺が…見える?」
 返事はないけれど、シンはひとり、空に向かって問い続ける。
「そこは寂しくない? ステラ」
 泣き腫らした目から、更に新しい涙が零れ落ちる。
「俺は寂しいよ、ステラ。君がいなくて、寂しい」
 夜空には変わらず、星が輝き続けていた。



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シンステ激ラブ。
一時期はセリユリ(FE)よりハマりました。
立場の違いや体質の所為で幸せになれない2人。
せつなさジャラジャラなところがごっさツボです。
お友達の誕生日に捧げた物でした。