シンとアスハ代表が言い争っている。
 やがて、代表の隣に控えていた人が仲裁に入った。
 これで事態は収まるかと思えたが、その人の言葉にシンの顔色が変わる。
「くだらない……? くだらないなんて言わせるか! 関係ないってのも大間違いだね!」
 どうしたんだろう、とシンの周囲はざわついた。
「俺の家族は、アスハに殺されたんだ!」
「え……?」
 思わず声をあげた。周りの誰にも聞こえないほどの、小さな声だったけれど。
 シンのその言葉を聞いた時、メイリンの頭にピンク色の携帯電話が思い浮かんだ。
 アカデミーの頃から、使いもしないのにシンがずっと持ち歩いていた携帯電話。
 まさか、あれは。
 シンが出て行った後、レイに訊いてみる。
「シンの持っている携帯電話、あるでしょ? あれって……」
「あぁ、妹の形見だろう。それがどうかしたか?」
 その言葉を聞き、メイリンはシンの後を追った。


 モビルスーツデッキに、シンは独りでいた。
 メイリンが来たことに気づいても、振り返らない。
 先刻の発言で同情されるのを嫌い、誰とも話したくないのだろう。
「……シン」
 それでも、メイリンは意を決して声をかけた。どうしても言わねばならなかった。
「なんだよ」
 さすがに無視は出来なかったらしい。シンが振り返る。真紅の双眸は、未だ怒りに揺れていた。
「あの時……ごめんね」
「はぁ? 何のことだよ」
「携帯電話……私、知らなくて……」
「……」
 アカデミー時代。もう1年ほど前になるだろうか。
 あの時、心無い言動でシンを傷つけてしまったことがあった。
「ごめんね……ほんと、ごめんなさい」
 シンの顔は、今にも泣き出しそうに歪んだ。
 あの時も、そういえば彼はこんな顔をしていた。


 アカデミーでの昼休み。
 生徒達は、めいめい昼食をとったり休憩したり自由に過ごしている。
 そんな中、一人ぽつんと人の輪から外れて椅子に座っている少年がいた。
 黒髪に赤い瞳。その風貌を見て、メイリンは姉が話していた人物を思い出す。
「シン・アスカくん?」
「……え?」
 呼びかけてみると、俯いていた顔が上がる。紅玉のように綺麗な目だ。
「誰、アンタ」
 訝しげな視線に、めいっぱいの笑顔で応える。
「メイリン。メイリン・ホークよ」
「ホーク……って」
「そう、ルナマリアの妹でーす。ちなみに通信科所属。よろしくね」
 差し出した右手を、軽く握り返される。彼の手は大きいけれど、何だか冷たい手だった。
「ルナの妹か……道理でアイツお節介なわけだな」
 一通り挨拶が済むと、ふいと横を向かれる。
 折角コミュニケーションを図ろうとしたのに、何だか無愛想なヤツだ。
 そう思って、何か会話の糸口は無いかとメイリンが視線をうろうろと巡らせる。
「あれ?」
 その時、シンの左手にある携帯電話に目がとまった。
「なにこれー可愛い! ピンクの携帯じゃない! 見せて?」
「なっ……」
 返答もきかず、メイリンはシンの左手から携帯電話を奪い取る。
「こらっ、返せよ!」
 シンの手がメイリンの手中にある携帯を追いかけるが、メイリンはそれを器用にかわす。
「可愛いー! シンくんってば意外と少女趣味? こんなモデル売ってたんだー?」
「返せってば!」
「いいじゃない、ちょっとくらい。あ、プリクラ貼ってある。この女の子だれ?」
「返せっ!!」 
 
 バシン

 シンの手が、メイリンの手から携帯を叩き落とした。いや、掴み損ねた、と言った方が正解だろう。
 メイリンが驚いている間に、携帯は床に音をたてて落下していた。
「え、えっと……ごめん」
 さすがに戸惑い、メイリンがシンに謝る。
 けれど、それほどにシンが怒る意味もわからずに謝るのだから、何処か憮然とした態度になった。
 そんなに怒ることないじゃない、ちょっとフザけただけなんだから。
 メイリンは、そう心の中で悪態を吐いた。
「……」
 シンは何も言わず、顔を泣き顔に歪ませて携帯を拾い、その場から立ち去った。
 彼に叩かれた手だけが、じんじんと熱かった。


「もういいよ、メイリン」
 何度も謝罪を続けるメイリンに、シンが言う。
 頭を上げると、彼は困ったように笑っていた。
「知らなかったのはおまえの所為じゃないんだし、俺だって言わなかったんだから」
「でも……」
「それに、もう一年も前のことだろ? おまえがいつまでも気にすることじゃないって」
 一年も前。けれど、それは果たして昔なのだろうか。
 シンがそう言ってくれたからといって、彼の心の傷がまだ癒えていないことは先刻証明された。
 民間人を巻き込んで戦った施政者への怒り。戦争という残酷な出来事で家族を喪った悲しみ。それがどんなに巨大なものか、家族が居るメイリンには理解しようもない。
 私にだって、アスハ代表みたいに怒鳴りつけたっていいのに。
 そうメイリンが思った瞬間。
「おい」
 メイリンの額を、シンの手がぺちんと叩く。
 先ほどまで沈んだ表情をしていたメイリンは、シンを上目遣いに睨んだ。
「……何よぅ」
「気にするなって言うんだから気にするなよ。お前そういうとこでクヨクヨするの悪い癖だぞ?」
 まぁルナみたいに何でもかんでも気にしなさ過ぎるのも考えものだけどな、とシンは呟く。
「わかったか? もう気にしない。はい、復唱!」
「も、もう気にしな……い」
「よし。じゃあ早くブリッジに戻れ。これから大仕事が待ってるんだからな」
 そしてシンは微笑を覗かせた。
 そう、この表情。
 これは、一年前には見られなかった年相応の笑顔。
 たった数年で、心の傷は癒えない。けれど、少しずつ変わっていくものも確かにあるのだろう。
 そう思って笑い返すと、何だか気持ちが軽くなっていくのを感じた。



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「妹」というところで繋げてみた2人。
カガリのところはもっと厳しいこと書いてたのですが、可哀想になったのでボツりました。
お友達の誕生日に捧げた物です。