解放軍の戦士に神が降臨し、十二聖戦士が誕生する。
 ダーナ砦の奇跡と、後にそう呼ばれた。
 そして、永きに渡り世を支配していた暗黒竜を、光竜が討ち滅ぼす。
 後に、聖戦と呼ばれる。


 そなたも耄碌したものだ光竜よ。人間のような矮小な存在に力を貸し、我を倒させるとはな。

 人の世に関与してはならぬという掟を先に破ったのはそなただ闇竜。

 何も好んで関与したわけではない。人の子が我の力を喚んだので暇潰しに付き合ってやったのだ。人間達を屈服させるまでは大層つまらぬ暇潰しであったが、そなたが我を殺しに来るとはな。いや、なかなかどうして興のある宴であったわ。

 呑気に感想など述べずとも良い。我もそなたも、もはや天界には帰れぬ。今後は人の血の中に棲み続けるのだ。我らは人の世がある限り幾度も甦り、幾度も殺しあわねばならん。

 ははは、それは愉快。なるほど宴はまだ終わっておらぬのだな。では次なる逢瀬を楽しみにしておくぞ、光竜。

 ふん、我は二度と会いたくなどないが、そうも言ってはおれん。付き合わされる宿り血の人間を少しは慮れ、闇竜よ。


 ぎぃ、と音をたてて扉が開く。こちらへと歩み寄る人物は、紛れも無い私の兄。
「ユリウスにいさま」
 懐かしい、大好きな私の兄。
 いつも屈託なく朗らかに笑い、誰からも愛される子どもだった。
 滅多に外に出られない私に、探検のお土産だと珍しいものをたくさん見せてくれた。
 時には手をひいて、外に連れ出してくれた。
 具合が悪いのに外に行きたいと駄々をこねると、決まって兄はこう言うのだ。

『ユリアは身体が弱いんだから、無理しちゃだめなんだよ。
 風邪が治って、元気になったら、また連れていってあげる。
 ユリアの行きたいところへ、僕が何処へでも連れていってあげる』

 私と同じ歳なのに、兄はとても大人びていて聡明で、誰にも分け隔てなく優しかった。周囲の人々も、流石皇太子だと口を揃えて兄を褒め称え、そんな兄が私は誇らしかった。
 あの日。
 お母様が、兄の手にかかってお亡くなりになる日までは。

「久しいな、光竜の血を継ぐ娘よ」
 数年ぶりに再会した兄は額に暗黒竜の印を頂き、私の知らない誰かの声でそう告げる。
 けれど、それは母を殺した誰かの声であることを、私の記憶は鮮明に告げた。
「ロプト、ウス」
 兄の姿を借りた暗黒竜は、ほぅ、と溜め息を洩らし、感嘆したぞと呟く。
「聡い人の子よ。この身体は、そなたの半身であるらしいな」
 私は思わず眉を顰めた。母を殺した時には、圧倒的な力を見せつけ恐ろしいまでの残酷さを表していた彼は、とても気さくに私に話し掛ける。
「私を、殺さないのですか?」
 彼は高らかに笑い、当然殺すことになるとあっさり言い放つ。
「だが、そなたが光竜をその身に宿してからのことだ」
「……?」
 益々訳が分からない。私が神器を手にすれば、光竜を召喚できる。ロプトウスにとっては、私に力の無い今のうちに殺しておく方が安全だろうに。
「分からぬか。まぁ分からずとも良い。人が生きる年月の間には何ら関わりの無いことだ」
「でも、私には関わりがあるのでしょう?」
 彼は今度は含み笑いをし、その通りだなと返す。
「人の子よ、気を悪くしてくれるな」
 そう前置いて、彼は話し出す。竜のくせに、何だか妙に人間っぽい。
「これはな、我と光竜との、永きに渡る宴なのだ」
 私は、目を丸くした。宴と言ったのか。光竜がいなくては、宴にならないと。
 だが、宴とは何だ。それはつまり、人間同士の争いを肴に興じているということだろうか。竜という存在は、そんなふうに人を弄ぶのだろうか。
 私の怒りに気づいたのか、彼は否定の意を示すように軽く手を振る。
「あぁ、勘違いをしてくれるな。何も我は人同士の争いを願っているわけではない」
 期せずして争いを呼び起こしてはいるが、人とは常に争うものだと彼は言う。
「どうして、そんな、馬鹿げたことを?」
「そうだな、馬鹿げている。だが致し方あるまい。召喚された我らは最早、元居た世界には帰れぬ。そして我がこの世に留まる限り、我の血を宿す人間を依り代に何度でも甦る。しかしこの力は、光竜のように崇め奉られるが故の抑止力として働くものではない。何しろ力の源は人の子の犠牲だからな。恐怖を用いた圧倒的な支配しか生み出さぬものよ。まぁ人が力を使う以上、我はそれをどうする気も無いのだが、光竜らは人間贔屓だ。大部分の人間を虐げることになる、我の力の使われ方が気にいらぬのだろう。この点で我らは互いに相容れぬ。そこで、我が甦ったあかつきには光竜と殺し合い、その時代に君臨する神を決めるという仕組みになっておる」
「……殺し合うのに、宴なのですか?」
 そう問えば、似たようなものだとまたもやあっさりと述べる。竜の考え方が理解できずに眩暈を覚えるが、彼は何度でも甦るそうなので、きっと喩えるならば好敵手との喧嘩程度のものだろう。
「あぁけれど、」
 今回は哀れなことをした、と彼は呟く。
 幾度となく光竜と殺しあったが、我らは完全なる他人であったのに。
「この身は、そなたの半身であるのだろう。付き合わされる宿り血の人間を少しは慮れ、か。まさにその通りであった」
「……」
 兄の姿で言われると、何だか泣きたくなってくる。
 そう、彼が依り代としている身は、私の双子の兄、ユリウスのものだ。
 殺さなければならない。
 私が、彼と共に兄を殺さなければならない。
 逃げることはできる。光竜をこの身に宿さねば、暗黒竜に立ち向かうことはできない。私がこのまま光竜を召喚せずに何処かへ逃げてしまえば、兄を殺さずともよいのだ。
 けれど、それはこの世界に終わりが来ないということ。
 親の子を奪われた嘆きの絶えない世界。子が親から引き離され、生きながらその身を焼かれる苦しみの絶えない世界。一部の暗黒神を信仰する人間だけの安寧なる世界。
 それは、駄目。我が身可愛さに、其処から目を背けてはならない。
 私は、平和を愛し、誰もが平等に生きていけるようにと全土を統一し、法治国家を築いたアルヴィス皇帝の娘。
 この国の皇女。
 そして、光竜の血を継ぐ者。
 記憶を失っていた時のように、ただその責任から逃れて、無限に続く怨嗟の声に耳を閉ざすことなどできはしない。
 あのひとに会えたから。
 あのひとは、いつも立ち向かっていた。
 一度もその責任から逃げず、言い訳もせず、涙を流して歯を食いしばり、自ら手を血に染めてぼろぼろに傷つきながら、それでも前に進む足をけして止めることはなかった。
 その身に流れる血のため。責任のため。人々の期待のために。
 割り切ることができず、ひとつひとつ傷ついて、何もかも背負い込む彼を、無様な姿だと罵る人がいるかもしれない。
 けれど、私は見てきた。一年ほどの短い間だけれど、彼の傍で、彼のことを見てきた。
 英雄と、後に称えられるであろう彼の、その姿が私に教えてくれた。
 立ち向かうことで得られる強さと誇り、そしてかけがえのない美しさを。
 彼は、私の憧れだった。私もあのひとのように、凛々しくありたいと思った。
「セリスさま」
 彼の人の名を呟くと、胸に炎が灯ったように熱くなる。
 私は戦う。逃げたりしない。
「ひとつだけ、教えてください」
 兄の顔をした、竜に訊ねる。話ができなくなる前に、これだけは聞いておきたかった。
「私の半身は……ユリウスは、あなたと共にあるのですか?」
 彼は、少し微笑んで、
「ずっと、そなたのことが心配だと言っていた」
 ゆっくりと頷いた。


 生まれ育ったバーハラ城を前に、私は覚悟を決める。
「我が血の盟約によりて甦れ……光竜」
 神言を唱え、黄金に輝く竜を召喚する。対峙するは闇色の暗黒竜。
 ぴしぴしと、身体が光に侵食されていく。柔らかくあたたかい意志を感じ取り同調すると、私の意識は光竜のものへと変化する。
「光竜、久しいな」
「挨拶などするな。悪いが依り代の為にも今回だけは容赦せん。消滅する気で来い」
「最高だ。この宴も存分に楽しもうぞ」
 眩い黄金の光が溢れ、辺りを昼と見紛うばかりに照らした後、私の意識は途切れた。


 ククク、またしてもそなたに邪魔をされたな。今回の宴はこれにて閉幕か。

 いいや、次回はもう無い。そなたは天界へ帰るといい。

 冗談にしては笑えぬぞ光竜。どのようにして帰るというのだ。

 我の残った力を全て使って帰らせてやろう。さすればそなたは天界に帰ることができ、我は消滅する。人間達にもはや竜の干渉は必要あるまいと、フォルセティも言っていた。

 あの堅物の風竜か。やつがそう言うのなら間違いはあるまいが、光竜、そなたの力を使い果たして、この負かした相手を故郷に送り届けるなどおかしな話ではないか。普通は逆であろうよ。そなたが帰ると良い。

 やめろ。そなたには我を送り届ける力など残ってはおるまい。

 ふん、我を馬鹿にするのも大概にしろ。この身と引き換えになら、それくらい可能だ。そなたは天界に居ながら人間に崇め奉られ、我はこのまま灰塵と成り果てて消滅しようではないか。それが勝者と敗者の道理だ。

 勝者と敗者とな。そなた、宴と言っていたわりには本気だったのだな。

 我は常に本気だ。宴も本気で楽しむものだ。
 そして余興とて、手を抜かぬ。


 
「ユリア、ユリア」
 私を呼ぶ声がして、目がさめる。いつの間にか気絶してしまっていたらしい。
「こんなところで倒れるなんて。身体が弱いんだから無理しちゃだめだろう、ユリア」
「……ぁ」
 それは、幼い頃に言われた言葉。懐かしい、声。
 目を開く。そこには、昔と同じ表情のまま微笑む兄の姿があった。
「ユリウス……にいさま?」
 額の印は跡形もなく消え失せ、表情は変わらないままに成長した兄の姿。
「ユリア、久しぶり。会いたかったよ」
「にいさま……にいさま!」
 広くなった兄の肩に、わっと泣きつく。やっと再会できた兄の姿に、私は涙をとめることができなかった。
「ごめんユリア、時間が無いんだ。よく聞いて」
「え?」
 思わず身を放すと、兄の身体がさらさらと灰になっていく様子が見える。
「本当は、もう死んでいる身体なんだ。けれど、ロプトウスが最期に少しだけ時間をくれたんだよ。僕とユリアを会わせてくれるために」
 言葉が出なかった。ずっと会いたかった兄に会えたと思ったのに、また失ってしまうのか。頭の中に、幾重も絶望が鳴り響いた。
 そんな私の肩を、兄はぐっと力強く抱きしめる。
「ユリア、戦後の復興は大変だと思う。特に帝国皇族生き残りの君にはね。
 つらい目や理不尽な目に合うと思うし、謂れの無い誹謗や中傷にも晒されると思う。もっと酷いこともあるかもしれない。
 でも、絶対に諦めないで。挫けてもいい、泣いてもいい、縋ってもいい、けれど、君が諦めてはいけないんだ。
 分かるね、ユリア」
 諦めない。立ち向かうことの強さと誇り、かけがえのない美しさ。
 それを、私は知っている。
 誓ったのだ。それを、教えて貰ったあのひとに。
 私は戦う。逃げたりしない、と。
「……はい、にいさま」
「うん……ありがとう、ユリア」
 さらさらと、風に灰が舞う音がする。悲しくて、目を閉じた。
 にいさま。どうか、いかないで。私を置いて、いかないで。
「最後に、兄として、妹に」
 そっと、指先で涙を拭われる。私が泣いていた時、兄はいつもこうしてくれた。
 ユリアは泣き虫だね、と苦笑しながら、泣き止むまで傍に居てくれた。
「どうか、幸せに。
 今までのぶんも、これから先も、いつか命つきる日までずっと……、
 ユリア、幸せに……なるんだよ」
 兄の顔は、半分ほど灰になって吹き飛んでいる。私を映している残った片目が、涙を一筋流していた。
 ふいに、思い出す言葉がある。

『連れていってあげる。
 ユリアの行きたいところへ、僕が何処へでも連れていってあげる』

 連れていってください、と、どれほど叫びたかっただろう。
 一緒に連れていってくださいと、何度口にしたかっただろう。
 私を置いて、いかないで。もう、ひとりはいやです。
 けれど、それは言ってはならない。何より兄が、それを一番望んでいない。
 
 誓ったのだ。
 つらくても、逃げたりしない。
 私は、逃げない。

 だからせめて、私は兄の身体を強く抱きしめた。
 灰になっていく兄の身体の温もりを、しっかりと刻み付けるために。
 消えてしまうその瞬間まで、共に居られるようにと。

「はい……はい、にいさま」
 お約束致します、と何度も頷く。兄はゆっくりと、静かに目を閉じた。
「よかった……これ、で…………」
 さらさらという音が止まり、計ったようにひときわ強い風が吹く。
「にい、さま……」
 暗黒竜の血を濃く継いだ故にその身を利用された私の兄は、遺体すら残らず消えた。
 兄だった灰は、跡形もなく空気に溶けていった。


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