「レイ、レイー!」
 どたばたと走る足音が近づいてくる。その行動と声から迫り来る人物を確定。レイはひとつ溜め息をつき、読みかけの本を閉じてドアに視線を向けた。
「レイ! あのね……」
「ルナマリア、廊下を走るな」
 それだけ言うと、レイはくるりと机に向き直る。が、ここで怯むルナマリアではない。
「もう! この際廊下はどうでもいいのよ!」
 レイの後ろに回り、座っている椅子をがくがくと揺する。明らかに妨害である。
「……本が読めないんだが」
「当たり前でしょ、邪魔してるんだから。ほら、私はレイに話があって来たんだから、とっととこっち見なさい」
 もう一度溜め息をつくと、レイは椅子を回転させてルナマリアの方を向く。
そうそうそれでいいのよ、と言いながらルナマリアもまた別の椅子に腰掛けた。
「ねぇ、もうすぐシンの誕生日じゃない? それで、レイと一緒にプレゼント買いに行こうかな、って思ってさ」
「……誕生日?」
「そうそう! 別々でも良かったんだけど、二人の所持金合わせたらちょっと高価な物も買えるでしょう? レイがいやじゃないなら、これから一緒に……」
「ルナマリア」
「ん、なに?」
「誕生日とは、プレゼントを贈る日なのか?」
「……は?」


「レイって誕生日知らなかったのか……」
 戻ってきたシンにしみじみと言われると、そんなに悪いことだったのかと勘違いをしそうになる。
 対して、ルナマリアは当初こそ有り得ない! 嘘でしょう! 等と叫んでいたが、今は落ち着いてふむと考えこんでいる。
「プラントは広いんだし、誕生日を祝う風習が無いところだってあるわよね。でも、私の誕生日にはちゃんとプレゼントくれたじゃない?」
「いや、あれは誕生日だと思ったわけではなく……」
 7月の末頃、レイがルナマリアの部屋の前を通りかかると、綺麗に包装された箱や花束がどっさりと積まれていた。しかも後から後からひっきりなしに人が訪れては置いて行く。此処に物を置けという命令でも出たのかと思いながら、レイも花束を買ってきて置いたというわけだった。
「ルナはアカデミーのアイドルだからな。ファンからの貢物は相当だったらしいぞ」
 シンが呆れ顔で呟くと、いつの間にアイドルにされたわけ、とルナマリアがうんざりした表情を見せる。
「まぁ私のことはどうでもいいとして、レイの誕生日っていつなの?」
「……」
 誕生日、とは生まれた日のことだなとレイは考える。この場合、自分がクローンとして生み出された日のことだろうか。それともオリジナルの誕生日なのだろうか。
 けれど、どちらにしても不明である。
「なぁレイ。誕生日を祝う風習が無かったんなら、もしかしてわざわざ生まれた日なんて覚えて無いんじゃないか?」
「え、そうなの?」
 シンとルナマリアに視線を向けられ、レイはこくりと頷いた。
「そうかぁ……じゃあレイの誕生日は祝えないのかな」
 がくりとシンが項垂れる。そんなに誕生日という日を大事にしているのかとレイは驚き、その疑問を口にする。
「当たり前じゃないか。俺の故郷では誕生日ってのはな、いろんな人に感謝する日なんだぞ」
「……感謝、か?」
「そう。例えば親に、産んでくれてありがとうって」
 親。そう言われて、レイの心がふと曇る。
 自分には、親などいない。だから誕生日なんて必要ないものなのだ。
「それにもし、レイの誕生日がわかったら、俺もレイに感謝する日なんだ」
「……何故だ?」
「生まれてきてくれてありがとう、ってな」
 へへ、と照れくさそうに笑ったシンのその言葉が、じわりと優しい速度で胸に沈む。
 自分が生まれたことに対する祝福。そんなこと、今まで誰も言ってくれなかった。
「あ! いいこと思いついた!」
「なんだよ、ルナ」
「レイの誕生日、まんなかバースデーにしようよ! 私とシンの間の日を取って」
 いつも突飛なことを思いつくルナマリアにシンは突っかかっていくのが常だが、今回はそれいいな、と目を輝かせている。
 早速二人はカレンダーを取り出し、まんなかの日を探るべく数を数えている。
 が、数え終わったところでルナマリアがうぅん、と腕を組んだ。
「ダメだ……8月の13日か14日かになっちゃう……レイ、どっちがいい?」
「俺はどちらでも構わないが」
 そう言うと、シンが目を輝かせる。
「じゃあさ、14日にしようぜ。そっちの方が俺と近いし」
 するとやはり、ルナマリアも身を乗り出してきた。
「ちょっとちょっと、自分だけずるいわよシン! レイは私と近い方がいいわよね?」
 たった1日の差で張り合わなくてもいいと思うのだが、シンとルナマリアは既に睨み合いを開始している。ああなったら勝敗が決するまでどうにもならない。
「じゃあ、両方」
「「え?」」
 半ば投げやりに呟いたレイの言葉に、シンとルナマリアは同時に訊き返す。
「13日と14日、両方が俺の誕生日だ」
 どちらか選べと迫られるかと思ったが、意外にもシンとルナマリアは顔を見合わせ、示し合わせたように笑う。
「そうね、レイは今まで誕生日がなかったんだもん」
「これから年2回でお祝いしていかないと追いつかないよな」
 そう納得するが早いが、ルナマリアはすくと立ち上がり、レイの手を取って部屋を出る。
「よぅし、じゃあとりあえず今年からね!」
 おい、待てよとシンがルナマリアを追いかけ、今年からなのか、と問う。
「もう8月13日も14日も終わってるぞ?」
「わかってるわよ。だから今年は、シンとレイの合同誕生日にしましょう。きっと盛り上がるわよ」
「お、ルナもたまにはいいこと言うじゃんか」
「私はいつでもいいことしか言わないわよ!」
 あわや喧嘩になりそうな二人の間にレイは割って入り、ところでこれから何処に行くんだと訊ねる。
「ケーキの予約よ。シンとレイの好きなの選ばせてあげるね」
 誕生日には、ケーキに歳の数だけ立てたろうそくの火を吹き消すのよ、とルナマリアが付け足す。レイはどんなケーキが好きなんだ、とシンは嬉しそうに訊いてくる。普段ブラックコーヒーばかり飲んでいるくせに、甘い物が好きだとは意外だとレイは苦笑した。
「あ、レイが笑った!」
 シンに見破られるほど口角があがっていたらしい。慌てて元の顔に戻す。
「えぇっ、うそ! 見逃しちゃったじゃない! レイ、もう一回笑って!」
 シンとルナマリアに挟まれながら、いつの間にかレイは、両手を二人にひかれていた。


 ケーキの上に立てたろうそくに火を点け、シンとレイが吹き消すと、盛大な拍手が起こった。
 誕生日おめでとう、とたくさんの声があがる。
 その言葉を聞きながら、レイは不思議な気分になった。
 ずっと思っていた。どうせ自分はクローンで、永く生きられることはない。だから、誰かの代わりや駒でもいいと思っていた。
 けれど、レイ自身が生まれたことを喜んでくれるひとたちが此処には居る。
「レイ、生まれてきてくれてありがとうな。そんで、これからもよろしく」
 照れくさそうにしながらも、ちゃんとそう言ってくれたシンは、ほら飲めよと炭酸飲料を紙コップになみなみと注いでくれた。
「私からも。此処に居てくれてありがとう、レイ。来年は2回お祝いしようね」
 ルナマリアは笑いながらそう言い、切り分けたケーキをシンとレイの前に置く。
「なぁレイ、苺好きか?」
「嫌いではないが」
 シンの言葉にそう答えると、皆が一斉にレイの皿に苺を載せていく。存分に食え、と言われながら次々と載せられていき、皿には苺が山盛りになった。
 レイは、苺をひとつフォークで突き刺して目の高さまで持っていく。綺麗な赤はシンの眸の色であり、ルナマリアの髪の色だった。
 誰かに必要とされることなんて、無くて構わないと思っていた。どうせ自分の存在意義などその程度のものだと、ずっと思っていた。
「シン」
「ん、なんだよ?」
「おまえには、俺が必要か?」
 きょとん、とシンは一瞬目を丸くしたが、にかっと笑いそして言った。
「あったりまえだろ! 頼りにしてんだからな!」
 明るい笑顔だった。初めて会った時には暗い表情で、誰とも話そうとしなかったのに。
「そうよそうよー! レイがいなきゃシンは落第しかねないわよねー」
「なんだと、ルナ!」
「なぁによ、事実でしょうが!」
 彼が笑えるようになったのは、ルナマリアの存在が大きかったのだろう。いつも屈託無く明るい彼女は、何かと周りから浮いていたシンや自分の世話を焼き、周囲との仲を取り持ってくれたことも多かった。
「……ありが、とう」
 誰にも聞こえないような小さな声でレイはそう呟き、苺を口の中に放り込んだ。果肉が甘酸っぱくはじける。
 来年の二人の誕生日には、自分もこんなふうに祝わないといけないなと思いながら、満たされた思いをレイは感じていた。



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シン至上な私ですが、レイも同じくらい好きです。
誕生日不明のレイ様に誕生日を作ってあげたくて、シン誕と一緒に書きました。
シンレイルナの3人組大好きなので、もっと本編でもこいつらの絡みが見たかったなぁ。