砂まみれになって、友人は何かを探しているようだった。
何してるんだ、と問いかけた。聞こえないのか無視しているのか返事はない。波の打ち寄せる浜辺で、甲洋はただひたすら砂を掻き分けていた。潮が引いている時分から此処に居たのか、波は彼のふくらはぎまで寄せている。夏だから風邪をひく心配はきっとないが、服を濡らして帰っては甲洋が両親に怒られるのではと心配した。
友人の名を呼んだ。こうよう。彼の肩にかかる髪が僅かに動き、ゆっくりと視線を向ける。かずき。友人が自分の名を呼んだ。
端整な顔に、不釣合いな憎悪の色がのぼる。この友人はかつてのように、自分に向けて微笑んでくれることは無くなった。
甲洋は一度鋭い眼差しをこちらに向けたが、それきり俯く。ふらりと立ち上がり、すれ違いざまに一言呟いた。
「おまえの所為だ」
刃物のような言葉だと、一騎は思った。しかし、そう言われるだけのことを自分はした。否、この場合はできなかったと言った方が正しい。守ってやってくれと甲洋に言われた存在、おそらく彼がこの世で最も大切に想っていた少女を、守ることができなかった。
守ってやってくれ。俺には無理だから。
そう告げた甲洋に、守ることの意味も分からないまま頷いた。遠見真矢にも、同じことを言われた。守ってあげてと、切実な声で。
一騎は少し後ろを振り向く。去って行く甲洋の背が、とても痩せて見えた。そういえば、先ほど見た表情もやつれていた気がする。そんな友人に、そして守れなかった少女に、一騎はごめんと謝ることすらできなかった。
「翔子」
いなくなった少女の名前を呟き、ゆっくりと晴れた空を見上げた。
彼女ときちんと話した記憶は、少ない。ファフナーに乗るようになり、彼女がパートナーとなった、たぶんそのあたりから話すことが多くなった。肝臓に疾患を持つ翔子は普段からあまり学校に来なかったので、ファフナーに乗ることが無ければきっと一騎と何の接点も無かったのだろう。
それくらい、翔子はおとなしくて控えめな少女だった。
何を話しただろう。とても、他愛のないことばかりだった気がする。
たとえば、食べ物は焼肉が好きだと言っていた。身体の所為で滅多に食べられないと嘆いた表情は悲壮感すら漂っており、その仕草に思わず噴き出して、笑わないでよと怒られたこともあった。
そう、だから、色々なことを想像するのだと言っていた。
思いきり走ったり、大勢の友達と笑い合ったり、お腹いっぱいになって動けなくなったり。
そんな楽しいことをたくさん想像して、それら全てできない現実の自分の代わりに空想と戯れるのだと。
それから。
『わたしなんか、死んじゃったり』
何の抵抗もなくそう言った翔子に感じたのは、恐怖でも反発でもなく、眩しいほどの潔さだった。
彼女のことを思い出すと、決まってはにかむようなやわらかい微笑みが浮かぶ。少し頬を染めて、華奢な指をもじもじと絡ませ、細く高い声で、名を呼んでくれた記憶。
かずきくん。
それは一騎にとって、とても優しい感情を呼び起こした。
視界いっぱいに広がる青空に、翔子がいなくなった日も同じように晴れた空だったと思い出す。すぐ戻れと焦りを含んだ総士の声に押されるように島へ戻ると、翔子の乗る白い機体が雲の尾をひいて跳んで行く光景が目に入った。瞬間、全身が総毛だった。力の限りに追いかけたが、跳躍力で翔子に追いつけるはずもない。馬鹿なことはよせと叫んだ声は届かず、彼女はそのまま敵と共に命を散らした。
耳をつんざく爆発音と、粉々になった機体の欠片を浴びて泣き喚きながら、一騎は頭のどこかで翔子の言葉を思い出していた。
『わたしが小さな粒になって消えていくところを空想するの。今度は、正しい形に生まれてくるように祈りながら』
言った通りになった。翔子は、その名のとおり高く高く空へと舞い上がり、真っ白に輝いていなくなった。
そう思った途端、甲洋の行動が心当たりのあるものになる。
彼は、翔子の欠片を捜していたのかもしれない。
この島の上空で爆発した欠片が、波に乗って流れ着いたり島の何処かに残っている可能性もある。真新しい墓石の下に、せめて機体の破片でも埋めてきちんと弔ってやりたいと甲洋は思っているのかもしれなかった。
けれど、甲洋のようにそれを捜そうという気は一騎には起こらなかった。翔子は願い通り、小さな粒になってきらきらと輝きながら世界に還っていったのだ。もう一度、正しい形で生まれてくるために。
『そんなことを思うと、とても、ほっとする』
翔子はそう言った。粒となって世界に降りそそいだ翔子が、いつか何処かで、全て正しい形で再生されることを想像してみる。
本当だ、とてもほっとする。
この世界が翔子を知っていて、この世界のすべてに翔子がいる。それだけで、こんなにも安心できる。
記憶の中で微笑み続ける翔子に、一騎はそっと告げる。
なぁ、翔子。
今度は、一緒に走ろう。
空想の世界だけじゃなく、現実で、一緒に。
そう言うと、少し頬を染めて、華奢な指をもじもじと絡ませ、細く高い声で翔子は答えた。
うん、かずきくん。
いつも通りの、はにかむようなやわらかい微笑みで。
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