灯篭流し、というらしかった。
昔の日本にあり、今は失われてしまったその行事を、今年の夏はやるらしい。
どのような行事なのだと、総士は遠見由美子に訊いた。彼女は先生ぶった表情で答えた。
「死者の魂を弔うものよ。灯篭を海や川に流すの」
そうですかと頷いた総士は、不意に顔を伏せてしまった。由美子は、あ、と声を詰まらせ、何か謝っていたような気がする。
「どうやって作るんですか」
何も気にしていない、気になるわけがない。
だからあなたも気にするなと、そう言いたくて、少し微笑んでみせた。
作り方を教わった皆は、それぞれの家の灯篭作りに取り掛かる。
先の戦争や今作戦で、家族を亡くした生徒の数は多い。総士自身、今回の敵の襲来によって家族を喪った一人だった。
島の為と、コアと化した妹の為に生きろと言って、いなくなった父。
そして、皆城と苗字を変えないまま養子になった蔵前果林。
一度の戦闘で、総士は家族をふたりなくした。
叫びたいほどの悲しみを抑え、泣いても敵は去ってくれないのだと暴れ出す感情を押し殺した。その場は平静を保ってやり過ごし、部屋に戻ってから声を噛み殺して泣いた。あんなにつらい体験は二度とあるまいと思っていたのに、その後も何度となくあった。これからだってあるのだろう。
いつも自分に対しては厳しかった父と、何処か淋しげに笑う蔵前の顔が脳裏に浮かぶ。
最も近しい存在であった彼らとは、今作戦が始まった時からこんなふうに別れが来ることも予想していた。むしろ、こうなる確率の方が高かったのだ。
けれど、違う未来を願っていたことも確かだった。
『家族みんなで、暮らしたいな』
岩戸から出てきた乙姫の言葉に、思わず黙ってしまった。
それは総士自身の願いでもあり、素直に言葉にした彼女にどう答えればいいかと逡巡してしまう。無理だと一言のもとにその希望を切り捨ててしまえるほど、自分はあまりに色々なことを諦めてしまっていた。そんな自分を文字通り見透かした乙姫は、『ただの我が儘だから』と言葉を付け足した。
『そういう時はお兄さんらしく、無理だ、って言っていいんだよ?』
そして乙姫は、コアとなってしまったが故に何もかも全てを知ってしまっていたのだ。言えるわけがないだろう。そう心の中で答えた。無理だと言ってしまうと、怖くなってしまう気がした。乙姫が遠からず、いつかいなくなる日が来ることを知っていたから。
「総士」
呼びかけられた声が回想か現実かはっきりせず、瞬時ぼうっとしてしまう。いつの間にか、一階下の教室にいるはずの乙姫が隣にちょこんと立っていた。
「どうして、此処にいる」
「灯篭、作りたくて」
ひとりじめはずるいよ、と微笑まれる。皆城家の灯篭はほぼ完成していたので、乙姫は蔵前家の灯篭を形づくる部品を手に取った。
「私、果林に一度も会えなかったな」
「よく、僕についておまえに会いに行っていたぞ」
「知ってる。そういうことじゃないの、分かってるくせに」
わざと言ってみせた総士を、乙姫は軽く睨む。岩戸に居た頃は、対話も触れることもできなかった。ただ、島の誰が何処に居て何をしていたかを認知できただけだった。
「果林にも、総士と会った時みたいに、はじめましてって言いたかった」
蔵前家と筆で書かれた字を、乙姫の指がいとおしげに撫でる。
「果林は、私のお姉ちゃんになるんだよね。呼びたかったな」
「僕のことは、一度も兄と呼ばないくせにか?」
「総士は、だって総士だもん」
よくわからない理屈だったが、何となく理解できてしまう。そのあたりが、きちんと血の繋がった兄妹だからという、何の根拠もない理由で片付けられるものだろうか。
「私が外に出られない間、ずっと総士の傍に果林は居てくれたよね」
乙姫がそう言ってにこりと微笑むと、ずっとは言い過ぎだと反論した。そうかな、と小さな子どものような声が可笑しげに笑い、ゆっくりと瞼が閉じられる。
「お礼も言いたかった。ありがとうって、たくさん」
目を開いた乙姫は、全てを見渡せる目で遠くを見た。
「総士も、そうでしょう?」
「……ああ」
皆城家の養子になった蔵前に。
一人ぼっちの自分の傍にいてくれた少女に。
耐性がひどく弱いのに、ファフナーに乗り、起動テストや実戦訓練をこなし、そして戦場に赴く前にいなくなってしまった彼女に。
きみがいてくれてよかったと、いてくれてありがとうと、いくらでも言う機会はあったのに。
一度も言わないまま、言えないまま、彼女はいなくなってしまった。
『皆城くんのつらさを、痛みを、私が一緒に背負うよ』
そう言って、自身の体を蝕む同化現象の痛みを隠して笑っていた。
ありがとうとは言わなかった。そんなことは望んでいなかった。
自分の痛みは自分だけのもので、背負われたり分かち合ったりするものではない。血の繋がりもない、まして友人以上の関係でもない彼女が、自分の重荷を背負う必要などなかった。だから、余計なことをするなとだけ言った。蔵前は蔵前のやることがあるのだからと。
その時、黙って伏せられた表情を見るのが恐くて、足早に立ち去ったことを覚えている。その時にちゃんと、感謝していると言えば良かった。総士の心を、後悔が苛む。
「そんな顔したら、果林が悲しむよ」
俯いた自分の顔を、乙姫は覗き込む。だいじょうぶだよ、総士。
「ちゃんと分かってるよ。だって果林は、あなたの家族だったから」
赤い目を隠すために眼鏡をかけた、蔵前の顔が浮かんだ。何も言わない自分に、少し淋しそうな表情をした蔵前は、けれどいつも本音をぶつけられる相手だった。時折は子どもじみた口争いも幾度かしたが、それすら彼女がいてくれなければできなかった。
ありがとう、と心の中でもういない少女へ呟く。誰にも聞こえたはずはなかったのに、乙姫がふわりと笑って、どういたしまして、と言った。
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