「そんなんじゃねぇよ」

 そう。
 そんなんじゃないのだ。
 私と彼の関係は。
 彼の私に対する感情も、その逆も。


 黒い死覇装を纏う死神達の中、白い隊長羽織はよく目立つ。
 背中に十の文字が染め抜かれた隊長羽織は、助けてと思った時にはもう視界に在る。
 どうしてこんなところにいるのと訊ねると、たまたま通りかかっただけだと返される。
 日番谷くん。
 天才児にしては苦しい言い訳だね。そんな偶然、続くわけないよ。
 隊長職がどれだけ忙しいか、私はよく知っているもの。
 十二ある他隊の副隊長の一人に頻繁に遭遇するなんて、それはもはや偶然ではなく故意だ。
 彼の副官が愚痴をこぼすのも、この推測を確信づける要因となっている。
 雛森、何とか言ってやってよ。隊長ったら、すぐ何処か行っちゃうんだから困っちゃう。そりゃね、隊長に任せておけば何でも間違いなくこなしてくれることは分かっているわよ。書類の期限にだって遅れたことないし。でもねぇ……。
 乱菊さんはぶつぶつと文句を言いながらも、素敵な笑顔で笑う。優秀な彼女に満足気な表情をさせてあげられる上司が幼馴染みということは、とても誇らしかった。
「私、ひとりで大丈夫だよ?」
「バカ言え」
 幼馴染みは、ちらりと私に視線を送る。最近、身体には生傷が絶えない。
 他人から恨まれているのはよく知っていた。強くもないくせに、藍染隊長に取り入って副隊長の地位に就いた子だとあちこちで囁かれている。吉良くんや阿散井くんと仲がいいことを、よく思わない女性も多い。見えないところで嫌がらせをされていると気づくのに、それほど時間はかからなかった。
「お前ら消えろ。これ以上こいつを傷つけやがったらタダじゃおかねぇ」
 日番谷くんに睨まれた女の子達は、彼の並外れた霊圧に竦みあがる。それでも、負けん気の強い一人の子が声を絞り出した。
「他隊の副隊長を随分庇われるんですね、日番谷隊長。愛あるが故ですか?」
 あぁ、まただ。
 潤林安に居た頃も、よく言われていたな。
『シロ、おまえ桃のこと好きなんだろう?』
 いじめっ子達にからかわれて、けれど彼は仏頂面を崩さずにこう言うのだ。
「そんなんじゃねぇよ」
 照れ隠しではない。この言葉は彼の素直な気持ちだ。
 そう。
 日番谷くんが私に構う理由は、「好き」だなんて一言で片付くはずがない。
 簡単に好きだと彼が私に言えていたなら、もっと幸せな関係になっていただろう。
 そんなんじゃないのだ。


 ずっと昔、きらきらした雪が降る日に彼は潤林安にやって来た。
 雪の積もる中、目を開いて身動きひとつしない彼を私は連れて帰った。
 そして、初めて聞いた言葉がこれだ。
『みんな、死んじゃえ』
 少し驚いた。生前、つらい目にあってきたのだろうか。そのあたりの事情は、結局教えてくれなかったけれど。もしかしたら、もう忘れてしまったのかもしれない。
 一緒に過ごすうちに、だんだんとわかってきた。『死んじゃえ』という言葉に、彼自身も含まれていることを。彼が自殺という方法を知らないほどには幼くてよかったと、彼に生きていて欲しい私は思った。
 季節が巡り、私を育ててくれたおばあちゃんが亡くなった時に、彼はぽつりと言った。
『どうして、終わらねぇんだ』
 泣きながら、彼は呟いた。彼の涙を見たのは、後にも先にもあの時だけだった。
『泣かないでシロちゃん、おばあちゃんはまた帰ってくるんだから』
 その答えとして、どうして終わらないのかと返された。おばあちゃんに帰ってきて欲しくないのかと、この時ばかりは腹が立った。
 けれど、そうではない。
 彼は、誰より終わりを求めていたのだった。
 彼にとって、現世での生はきっとつらかったのだろう。そして、死んだら苦しみも無くなると教えられていた。
 なのに、死んだ後も生きている時と変わらない。歳に似合わない諦観の漂う表情で、そう言っていたことがある。
 現世で死ねばこっちに戻り、こっちで死ねば現世に戻る。輪廻の輪。
 魂はぐるぐると永久に転生を繰り返し、終着地点など存在しない。
 それが、彼は厭なのだ。
『みんな死んじゃえ』
 それは、生まれ変わりたくない彼の願いであり、あるはずのない魂の終着を求める彼の叫びだった。
 こんなに小さいのに、彼は終わりを求めている。生きてやりたいことは何もないと言い、二度と醒めることのない眠りに焦がれている。
 そんな彼がひどく危うくて儚い存在に見えて、私は泣いた。
 いつかおばあちゃんのように、彼もいなくなってしまうという喪失感に耐えかねて、泣いて泣いて泣き続けた。
 その間、彼は私の背にぴったりと寄り添い、ずっと傍に居てくれた。時々、言葉もかけてくれていたと思う。
 その時、私は確信した。彼は、泣いている私を放っておかない優しい子なのだと。
 私は、彼に生きていて欲しかった。ずっとずっと、一緒に居て欲しかった。育ててくれたおばあちゃんがいなくなってから、その気持ちはますます強くなった。
 未だに、あの時生まれた独占欲と執着は何だったのか分からない。
 恋だったのか愛だったのか、それとも家族の情なのか。
 けれど、きっとそのどれとも違う。そんなんじゃない。
 だって、私は彼に、とても酷いことをした。
 今も、それをし続けている。
 私の前から、彼がいなくならないように。

 子ども特有の残酷さで、あの日の私は言葉を吐いた。
 それは呪いとなって、銀色に輝く幼馴染みを縛る。
 子ども特有の無邪気さを装い、あの日の私は泣いた。
 いなくならないで。お願いだから、いなくならないで。
 ひとりにしないで。置いていかないで。
 そう言って泣いた。

 けれど、私はそれを忘れた。
 私は平気な顔をして、彼を置きざりにした。死神になるために。
 それでも彼は、律儀に私の傍に来てくれた。
 理由は恋だったのか愛だったのか、それとも家族の情なのか。
 けれど、きっとそのどれとも違う。そんなんじゃない。

「なんで泣く?」

 知らない間に、涙が滴り落ちていた。傷が痛むのか、と自分の死覇装の袖を破き、私の手に巻いてくれる。
 優しい幼馴染み。ずっとずっと、昔から変わらない。彼は、とても優しい。
 どうして。どうして此処にいてくれるの?
 他に行きたい所だってきっとあるだろうに、どうして私の傍に居てくれるの?
 ねぇ、シロちゃん。
 ……シロちゃん。
 彼は少し驚いたような表情で、私を見返す。何て顔してんだよ、と笑いを含んだ声が聞こえた。
 私はたまらなく申し訳なくなって、彼に縋りつく。ごめんなさいと、また泣く。
 こうしてずっと、私達は同じところをぐるぐると廻り続ける。
 離れることも近づくこともできないまま。
 その優しい手も、声も、存在も、何もかも手放したくなくて。