ピンポーン。
来訪を告げた音が家中に響く。シンとステラはちょうど台所で洗いものをしているところだった。
「あれ、お客さん……?」
「あ、いいよステラ。俺が出るから」
食器を洗っているステラは手が濡れているため、洗い終わった物を拭いていたシンが玄関へと向かう。
「はい、どちら様ですか……」
がちゃり、と扉を開けると、そこには見慣れた顔が二つあった。
「という訳で、お姉さんがあんた達に温泉旅行をプレゼントしまぁす!」
出迎えたシンは、いきなりのルナの発言に目を点にした。
「……どういう訳だ?」
「まぁシン、そのことについては中で話そう」
レイが、シンの肩を掴んで家の中へと強制的にUターンさせる。
「あ、二人ともいらっしゃい〜」
レイに引きずりこまれたシンの代わりに、ステラがにこにこと出迎える。
「あら、ステラ久しぶりね。元気だった? はい、これお土産」
ルナが紙袋をステラに手渡す。焼き菓子の甘い香りが漂い、ステラの頬が緩んだ。
「わぁ〜ありがとう、ルナ」
「どういたしまして」
幸せそうに笑うステラを、ルナはきゅうっと抱きしめる。レイに捕えられたシンが、声にならない叫びをあげた。
「相変わらず可愛いわねー……ステラは私がお嫁さんにするはずだったのに、敢え無くシンに取られちゃったわぁ」
「およめさん?」
抱きついてくるルナをきょとんとした面持ちで受け止めるステラは、間に挟まれているクッキーが割れないかと、心配そうにそわそわしている。
「こら! ステラに勝手に抱きつくなルナ!」
一方、シンはソファに座らせられ、動かないようレイに固定されている。その為、ステラとルナの間に割って入ることができず、怒号のみを飛ばしていた。
「いーじゃない、減るもんじゃないし」
「減る! 俺の心情的に減る! てゆーか何が嫁だ! 俺達まだ結婚してないから!」
「あら、じゃあ私がステラをお嫁さんにしたって何の問題もないじゃない」
「お前にはやらんっ! それ以前に性別を超越するなっ!」
「……ルナマリア、ふざけるのはそのくらいにしてやれ」
レイの一声でルナはステラを解放し、何食わぬ顔でレイの隣に座る。
「まぁそういう訳で冒頭に言ったとおり、温泉旅行のプレゼントをしに来た訳よ。ありがたく受け取りなさい」
という、ルナの簡素かつわかりやすい説明で納得できようはずもない。
「どういう訳だよ! お前自分が楽しいばっかりに説明省きまくりやがって!」
先程から怒りで息を荒げて顔を赤くしているシンに、ルナは人差し指を立てて左右に動かす。
「落ち着きなさいよ。怒りっぽいとステラに嫌われちゃうわよ? ちゃんとカルシウム摂ってるの?」
「お前を相手にすれば誰だって血管の一本や二本切れるわっ!」
あわや戦闘になりかけたシンとルナの間に、レイが割って入る。
「ふむ。ではシンにも理解できるように、俺が懇切丁寧に解説してやろう」
さらりとシンの怒りを流すかのように、レイが冷静な口調で話し始める。
「あの、レイ……さり気なく俺をバカにしなかったか?」
「気のせいだ。さて、この『ペアで行こう! ザ・ラブラブ作戦イン・オーブ(はぁと)天使湯温泉ツアー☆☆☆』なのだが……」
その瞬間、ぎゃはははと大声をあげてルナが抱腹絶倒した。余程このツアータイトルをレイに言わせたかったのだろう。
ルナの笑い声が収まるのを10分程待ってから、レイが続きを言う。(因みにルナは笑い過ぎによる酸欠で昇天した模様。自業自得だ。)
「この招待券をルナマリアが商店街のくじ引きで当てたのだが、生憎この日から旅行の予約を既にしてあってな。どうしようかと考え……るまでもなく、速攻ルナマリアはこの券をお前達に譲ろうと言ったわけだ」
「最初からこう言えよルナ。俺をからかうのはその後でもできるだろうが」
「いーじゃない、楽しいんだから」
己の楽しみのためには如何に他人を利用しようとも厭わない、それがルナマリア・ホークという女である。1分で酸欠状態から復活か、意外と早かったな。
「私はレイと婚前旅行に行ってくるから、あんた達ものんびり温泉につかってきなさいよ」
晴れやかな笑顔であっさりと言うルナ。一瞬唖然としたシンは、こっそりとレイに耳打ちする。
「婚前旅行? お前ら結婚すんのか?」
「少なくとも俺は初耳だ」
レイは嘘をつくようなやつではない。初耳なのはどうやら本当らしい。まぁ両思いなんだし、これを機に結婚してしまえば良いだろう。いつまでも踏ん切りがつかないレイに、ルナもいい加減痺れを切らしたのかもしれないしな。
「おんせん、ってなぁに?」
お茶を煎れてきたステラが、首を傾げて訊ねてくる。
「あぁ、大きいお風呂のことだよ」
と、シンが説明した横からレイが補足を入れる。
「正確にはその地方の年平均気温より高い温度のわき水を利用した浴場のことだ。地下水が火山起源の熱で熱せられたものが多く、含有成分によって単純泉・炭酸泉・硫黄泉などの種類がある(出典:goo辞書)」
……もはや補足ではなかった。
その説明を聞いたステラは(レイの説明をちゃんと理解できたのかは定かではないが)ぱっと顔を輝かせる。
「ステラ、行きたい! シン、行こう!」
「あぁ、ステラが行きたいなら俺は構わないけど……本当にいいのか、ルナ」
「いいのいいの。大体あんた達ちゃんと両思いなんだし、これを機に結婚しちゃったら? シンっていくつになっても優柔不断で踏ん切りがつかないんだから、ステラもいい加減待たされてやきもきしてるわよねぇ?」
ついさっき俺がレイとルナに対して思ったことと同じようなことを言われる。やっぱり、端から見たらそんな風に見えるのか。
「結婚……ねぇ」
考えていないわけではないが、やはりまだまだ実感がない。何せステラはあの通りだし。
「シン、おんせーん! おんせん行こう行こう!」
きっと結婚の意味もわからないだろう。そんなステラと今結婚するなんて、俺の一存以外の何物でもない。そんな身勝手なことはできるわけがない。
「身勝手って言っても、あんた達今でも一緒に住んでるんだし、結婚したところで何か変わるわけ?」
「は?」
ルナのやつ、普通に俺の思考を読まなかったか?
と、疑問に思う暇もなく、レイが合いの手を入れる。
「変わるわけないだろう」
「ならいいじゃない。結婚式とか挙げたらステラが喜ぶわよ? 綺麗なドレスやでっかいケーキがあるし」
「ケーキ? ルナ、ケーキどこどこ?」
「ステラ、今のところはドレスに反応するべきだと俺は思う」
「レイ、でも……ケーキ……」
「あっはっは、まだまだ色気より食い気ねぇ」
明らかにシンを蚊帳の外にして話を弾ませている三人であった。
ということで、シンとステラは仲良く温泉に来た。
しかし、到着一歩前というところでシンの足が動かなくなった。
「なんつーか……俺は今物凄く不安だ」
青ざめているシンの前には、ピンク色で「天使湯」と書かれた民宿がある。果てしなく恐ろしい何かを彷彿とさせる文字と色である。
「シン、どうしたの? 早く行こう!」
ステラはにこにこと笑って、民宿の扉をがらりと開ける。
「あらぁ〜いらっしゃいませですわ」
予想的中。元プラントの歌姫ラクス・クラインがいた。
「帰るぞ、ステラ」
ステラの手を掴んで来た道を引き返そうと回れ右。
「え、来たばっかりだよ?」
問答無用。あのピンク教祖に関わるとロクな目に合わない。温泉を楽しみにしていたステラをがっかりさせるのは忍びないが、やはりここは身の安全を保障するのが最重要事項であろう。
「やめてよね……せっかく来たのにすぐ帰るだなんて」
「…………」
目の前に悠然と立ちはだかるのは、黒王子と異名を持つキラ・ヤマトであった。何処から湧いて出たのだろう。
「シン、久しぶりに会ったんだしゆっくりしていきなよ。まだ借金も返して貰ってないことだしさ」
そう、この男は俺にフリーダムを落とされたことをいつまでもいつまでもいつまでも(略)根に持ち、毎月修理代を請求してくるのである。おかげで家計は火の車だ。
「修理代云々って言うなら、アンタちゃんとザフトへのテロ行為やオーブでの花嫁強奪事件の責任取ったのか?」
「だって、ラクスやカガリの邪魔をするなんて許せないじゃない?」
そんな爽やかな笑顔向けられても。しかも話題ズレてるし。
「シーンー……難しいお話は後にして温泉行こうよぉー」
ステラがすっかり膨れっ面をしている。
「あれ、君シンの彼女? 可愛いね、名前なんていうの?」
しまった! こいつとステラを会わせるなってルナから散々言われていたんだった!
何せこの黒王子キラ・ヤマトはまたの名を婚約者キラーと言い、他人の彼女なら見境なく奪うとんでもなく外道な男なのである。
「なまえ、ステラ……」
「そうか……声がよく似ている、フレイに……」
婚約者キラーは何だか自分の世界に浸り始めた。その隙に俺はステラを連れてこいつから距離を取る。危険物(者)には近づかないようにとステラに教え込みつつ。
「ラクスさーん、キラさんが浮気してますよ?」
民宿の方でラクス・クラインと同じ声がする。そちらに目をやると全く同じ顔が二つ並んでいた。
「あ、ミーア。最近見かけないと思ったらこんな所で働いていたのか?」
「はぁい、シン!☆」
相変わらず元気な人だ。ミーアは明るい笑顔を向けてくるにも関わらず、ラクス・クラインの方は何やらただならぬ雰囲気を醸し出している。
「キラ……わたくし、浮気は許しませんのよ?」
彼女の周りからピンク色の電波が飛ぶ。ん、電波? 何で見えるんだ? まぁいいか。
そして電波にひかれてやってきた集団がキラ・ヤマトに襲い掛かる。「ラクス様のために!」「ジーク・ラクス!」とか叫びながら。あれが(悪)名高いラクス教信者か。
ルナはあの集団が身震いするほど嫌いらしい。一度ドム三人衆に殺されかけたからだそうだ。
「あの……あんなことして大丈夫なんすか?」
一応心配になってラクス・クラインに訊ねると、心配いりませんわと笑われる。
「それより、あなた達温泉入りに来たんでしょ? 今なら貸しきり状態だから、入ってきなさいよ」
ミーアにそう言われ、そしてラクス・クラインにも是非そうなさって下さいなどと言われて微笑された日には入らざるを得ない。つくづく怖い民宿である。
「俺、ちゃんと生きて帰れるんだろうか……」
不安になりながら、シンは「天使湯」へと入っていった。
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続きはちょっとR指定だったので削り。
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