あなたが好きでした。
大好きでした。
磊落に笑え
元婚約者とほぼ同じ声で、
「アスランは、ラクスさんのこと好き?」
なんて訊かれた日には、甘い紅茶でも渋い顔で嚥下せざるを得ない。
いつも通りの彼女らしい唐突な質問に、ひとつ大きく溜め息をつき、
「いきなり何を言い出すんだ、君は」
困惑を全面に表しながら、アスランは円卓の向かい側にて優雅に紅茶を飲む彼女に問い返す。
首を傾げるに従って桃色の髪がさらりと揺れ、きょとんと空色の眸を瞬かせた。どうしてそんな表情をするの、といった顔。
「ん、訊いてみたくなっただけ」
あたしに理由なんて求めない方がいいわよーなどと言いながら、ひとつ茶菓子を口に放り込む。そんな彼女は、姿形はラクスに似ていようともまるで別人だ。
「で、どうなの? 好き?」
それでも、似ているところもある。こうやって相手の目を真っ直ぐ見るところとか、言いたいことを隠さないところとか。大抵美点が似ていると思えるので、やはりこの少女にも好感をいだく。
「……あぁ、好きだよ」
恋愛感情ではないけれど、今でも人間として好きという点では変わりない。キラやカガリも含めて、大事な生涯の友人だ。
「そっかぁ、会いたい?」
「……そうだな」
先日、ミリアリアのおかげでキラとカガリには会えたけれど、ラクスはあの場には現れなかった。元気にしているだろうか。キラが一緒なら、大丈夫だとは思うけれど。
「アスランってね、」
ラクスと同じ顔をした彼女はにこりと微笑む。笑顔には、その人間の人格が出るのだろうか。ラクスはただ純粋に美しい笑顔だと思ったけれど、この少女は限りなく深みのある表情をする。同じ顔だからこそ、違いが分かるところもあるんだなとぼんやり思った。
「ラクスさんのこと話す時には即答しないのよね、いつも」
「……そうか?」
ほらまた、と可笑しそうにミーアは笑う。からかわれているのだろうかと眉根を寄せると、からかってるわけじゃないのよとまた笑われる。
ミーア・キャンベル。最初はただ、議長の用意したラクスの替え玉だという感想しかなかった。アイドルとしてのラクスに憧れていて、先のことは何も考えずに今が楽しければいいと言うような、能天気な娘だと思っていた。
けれどこの少女と会うたびに、自分が間違った認識を持っていたことに気付かせられる。
何も考えていないわけではないし、まして馬鹿なわけでもない。それに、驚くほど鋭い。今のように思ったことを表情だけで言い当てられたことも、一度や二度ではなかった。
「大事に思っているのよね。ラクスさんのこと考えて、それから言葉にしているんだもの。あたし、そういう慎重さって好き」
その言葉に、軽く目を見張る。考えてから物を言う癖は自覚しているけれど、それを好きだと言われたことは今までなかった。むしろ言えずにいたり言うのが遅れたりして、誤解を招くことの方が多い。
言わなければと言葉を選んでいるうちに、取り巻く世界は回転してしまっている。いつもいつも遅すぎて、その所為で大事なひとを泣かせたこともある。後悔も、数えきれないほどした。
「あなたの話し方、とても好きだわ。ほんとうよ」
ミーアが、とても優しい顔をしている。きっと、何を考えているか見抜かれたんだろう。
この少女の前では言葉がそれほど必要ない所為か、何だか肩の力が抜ける。ゆっくりと言葉を選び、口に出すことができる。口下手な自分にとって、それはとても有り難かった。
「ありがとう、ミーア」
「えぇ? お礼言われるようなことかしら」
彼女は小さく笑って、そして不意に真面目な顔つきになる。
「戦争が終わったら、あなたはラクスさんの所に帰るの?」
「……そう、だな」
ラクスのところ、という言い方は少し語弊があるけれど、戦争が終われば軍を辞し、オーブに戻るだろう。お帰りと言ってくれる所へ、帰るのだろう。
その言葉に、ミーアは淋しそうに微笑んだ。
「そうよね。帰るところも、待っていてくれるひともいるんだもの、アスランには」
「ミーア、の……」
故郷は何処、家族は元気、兄弟はいるのか。
言いかけて、言葉をのみこむ。いつか、彼女が言った言葉を思い出した。
『ミーアは、誰にも必要じゃないけど』
誰にも必要ではない。誰にも必要とされていない。
その言葉の意味に、今更気づく。
この少女は、別人を装って生きている。
家族や、親しい友人や、他の誰もミーア・キャンベルを探さない。
或いは議長の手が回っていて、表沙汰になっていないのかもしれないが、どちらにしても同じことだ。
そこから導き出せる結論は、ひとつしかない。
「あたし、」
アスランの考えていることが見えていたかのように、ミーアは適確な答えを返す。
「あたしには、もうないの。帰りたい所も、会いたいひとも」
かつてはあったけれど、今は無いということだ。どのような経緯があったかは分からないが、ミーア・キャンベルには、もう家族も親しい友人もいないのだ。
もう、なにもないの。
そう言って笑う彼女は、いつもの明るい笑顔だった。
笑っているからといって、そこにある感情がいつも同じとは限らない。
よく考えれば、わかることだった。それなのに。
この笑顔だけで、勝手に決め付けた。彼女のことを知ろうともせずに。
誰だ。彼女を能天気だなどと思ったのは。
誰だ。ラクスの替え玉なんてその場限りの役柄を喜んでやる、底の浅い娘だと思ったのは。
初めて話をした時、ミーアはアスランに会えて嬉しい、と笑っていた。そう笑えるようになるまで、どのような経験をしてきたのかまるで知らずに。
今までこの少女の置かれた境遇に気づかなかった、自分の方こそ浅慮な人間ではないか。
「アスラン、そんな顔しないで」
円卓の向こう側に座っていた彼女は、いつの間にか隣に居た。
彼女の空色の眸に、顔を歪ませた自分が映っている。かつての婚約者の眸と同じ色。晴れ渡る大空のような悠久さを思わせるその色が、とても好きだと思った。
「言ったでしょう、アスラン。あたし、今だけでいいの。今、平和へのお手伝いができればそれだけでいいの。帰るところなんて無くても、ちっとも可哀想じゃないの」
今だけでいい。最初に聞いた時とは違い、その言葉は限りなく非情な響きだ。ミーアの声音は変わらないのに、聞く自分の心境だけでこんなに印象が違って聞こえるものだろうか。
その言葉には、揺るぎない強さがあった。美しい歌を歌いながら平和を愛する歌姫が、確かにそこに居た。
けれど、その姿はラクスなのだ。ミーアがどれほど歌を歌い、平和を訴え、人々に支持されようと、それは全てラクスがしたこととして認識されるのだ。
「ラクス、」
アスランは血を吐くような声で呟く。どうして君は此処にいない。君が居れば、この少女が君のふりをする必要なんてなかっただろうに。
ミーアは言っていた。あたし、ラクスさんのファンだったんです。今だけでいい。お手伝いができて嬉しい。アスランにも会えて嬉しい。そう言って笑ったのだ。
けれど、その先には何も無い。ラクスがいつか戻って来たら、ミーアの功績は全てさらわれて何も残らない。戦争が終わって、ラクス・クラインとしての必要がなくなったら、誰も彼女を省みない。
それなのに、構わないとミーアは笑う。
構わないなんてことあるものか。そんなことあってたまるか。
思わず、ミーアの両肩を掴んでいた。彼女は相変わらず、微笑を湛えて首を振るだけだ。
「本当に構わないのよ。そうじゃなかったら、ラクスさんの振りなんてしないわ……ねぇ、どうしてアスランが、あたしなんかに必死になるの?」
同情なんて、いらない。
可哀想だと思うのなら、放っておいて。
そう言って、ミーアは肩におかれたアスランの両手を振り払う。拒絶の形を取られたその行動に、アスランの胸がじくりと痛んだ。
「じゃあ君は……戦争が終わったら、どうするつもりなんだ?」
ミーアはそっと人差し指を立て、口元にあてた。
「ないしょ」
その時になったら教えてあげるねと、ミーアはいつもの笑顔で笑った。
どうして、そんなふうに笑えるのだろう。
今だけでいい、なんて。まるで、未来など必要無いかのように。
「あたし、行けない」
雨の中、お互いずぶ濡れになって必死に逃げ回り、けれど最後の最後でミーアはそう言った。
「何を言っているんだ! 議長のやり方は分かっただろう!」
「うん」
こくり、と頷く。初めから分かってた。利用されるだけ利用されて、きっとその後は口封じに殺される。そんなこと、分かってたの。
ミーアの口から出る感情の無い言葉を、アスランは絶望的な気持ちで聞く。
分かっていたのに、分かっているのに、どうして逃げない。どうして。
その気持ちを読み取ったかのように、ミーアは続ける。
「ねぇアスラン。あなたには分からないでしょうね」
あなたはエリートで、勿論努力もしたんでしょうけれど、その努力に見合う結果を出して、賞賛を得られてきたんでしょう? でもね、あたしはそうじゃなかった。努力したってちっとも認めて貰えなかったし、歌を歌ったって、ラクス・クラインの真似事だって言われて終わり。誰からも必要となんてされなかったの。
でも、議長は必要として下さった。勿論、あたしじゃなくてラクス・クラインの偽者を必要としていらしたんだけれど、そんなことどうだっていいわ。だって、それができるのは、あたししかいないんだから。
流れるように紡がれるミーアの言葉が、そこで途切れた。彼女の顔は雨に濡れ、頬を流れるものが雨なのか涙なのか、見分けがつかない。
「だから、あたしはラクス・クラインのままでいたい。これは、あたしにしかできないことだもの」
何も言えない。言うべき言葉が見つからない。いつも遅いのだ。いつか自分は今日のことを死ぬほど後悔するのだろうに、言わなければならない言葉が見つからない。
「あなただけ行って。あたしは、大丈夫」
ミーアは笑っている。いつもの表情を崩さないまま、笑っている。
アスランは、自分の無力さを噛み締めた。今だけ必要とされればいいと言う彼女の手をひいて、此処から連れ出したかった。ラクス・クラインとしては生きられなくても、他の誰でもないミーア・キャンベルの人生を歩んで欲しかった。
けれど、それは自分の我が儘で、彼女の望むことではない。ラクス・クラインの偽者になると決めた時点で、彼女はミーアとしての人生を捨てたのだから。
「アスラン、」
変わらない、揺るがない笑顔で、ミーアが真っ直ぐに自分を見つめている。
空色の眸は、天候の所為か曇って見えるのが少し残念だった。
「戦争が終わったら、また、あたしに会ってくれる?」
会えるわけがない。彼女に未来はない。
けれど、希望が未来に繋がることを、アスランはよく知っている。
「あぁ、当たり前だ。会いに行く」
「……ありがとう、アスラン」
ほろり、笑顔が崩れる。張り詰めていた糸が静かに切れるように、ミーアの表情が変わる。
それは、今まで見た中で一番彼女らしい表情だとアスランは思った。
ミーアはそっと踵を上げて、アスランの頬に唇を押し付ける。冷たい雨の味がした。
情けない。
アスランが行ってしまった途端、足が身体を支えることができなくなった。
服が濡れるのも構わずその場に崩れ落ち、声の出るままに泣き喚く。
大丈夫、この雨だから。雨音に隠れたあたしの声なんて、誰にも聞こえやしない。
明日になったらまた笑うから。ラクスさんの顔で笑ってみせるから。
だから、今くらい泣かせて。
後悔なんてしていない。後悔じゃないのよ。
ただ、泣きたいだけなの。
アスラン。
あなたが好きでした。
大好きでした。
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ミーアに夢見すぎなのは分かってます(汗)
好きキャラには捏造設定が多いのもいつものことです(笑)
アスラク好きですがアスミアも大好き。
てゆかミーアさん大好き。ラブ。
私の中で歌姫はミーアです。