闇に滲む色素の薄い少年は、邪気のない笑顔をひらりと見せて言う。
「ねぇ土方さん、俺ァ残念だ」
彼の脈絡がない言動は今に始まったことではないので、土方は目を少し細めて睨む。そうすれば、そんな怖い顔しねぇで下せぇと、ひとつふたつ言葉を足すはずだから。
「残念だよ、土方」
けれど今回に限ってその兆候は見られない。眸のいろをゆらりと深め、開け広げな感情をそっと遮断した様だけ感じとった。土方は知っている。誰かを殺す時や誰かの死を見送る時、彼はこんな表情をするのだと。
「別に命なんざ、惜しかないけどよ」
能天気に笑い声が溢れる口から、ごぽごぽと音がする。
赤い流れがぼろぼろと沖田の胸を染め、白い肌に点々と斑模様を作った。血だ。
おい、総悟。
呼びかけようとした声はかすれた息にしかならず、代わりに酷い頭痛と拍動の音が土方を襲った。眩暈を覚えて思わず呻くと、手を伸ばせば届いたところに居たはずの沖田の姿がとても遠くなっているのに気づく。
待て、おい。待てよ。
ぐらぐらと傾ぐ視界を閉じ、がむしゃらに走る。可笑しそうに笑う沖田の声は、既にどちらから聞こえているのか分からない。何重もの壁を隔てたところから響いてくるように不鮮明で、その合間に流れる血の音だけが鮮明だった。
「ばいばい、土方さん」
その声は、まるで子どものようだった。不意に懐かしい気持ちに襲われる。近藤の道場に転がり込んだ時は敵意しか向けてこなかった小さな子どもが、初めて呼んだ自分の名。夕日に染んだ道場の門前で少し振り返り、ぶっきらぼうにそう言って帰っていく小さな背を、何故かいつまでも見送っていたことを思い出す。
「ばいばい、」
うっすらと瞼を押し上げると、右手を振りながら去っていく沖田の背が見えた。あの時夕日を受けて赤かった小さな背は今、大人になりかけた肩幅を持つ黒い隊服を着ている。沖田の歩いたところには、夥しい量の血が川のようにだらだらと流れていた。話に聞く三途の川とはこんな色をしているのだろうかと、頭の隅でふと思ったことがひどく呑気で滑稽だった。
総悟。待てよ、この馬鹿野郎が。
吐こうとした悪態は言葉にならず、ただ収まらない頭痛と眩暈を追い払うことに努める。ただの一度も振り返らない弟分に、土方は何か叫んだのかもしれなかった。じんじんと熱くなる目の奥で、涙が行き場無く留まっているのを感じる。何だって自分はこんなにも泣きたいのか判然としないまま、沖田の背はいつの間にか見えなくなっていた。
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