メイリンはルナマリアの妹だから。ルナマリアの妹なのに。そう何度言われたことか。
私の代名詞。それは、「ルナマリアの妹」
昔からそうだった。姉は頭も良く、明るくて誰からも好かれた。告白してきた男の子だって星の数だ。どの点を取っても、私とはまるで違う。
アスランさんのことだって。
私が伝説のエースに興奮している間に、姉はさっさと話しかけてしまった。
いつもそうなのだ。姉は物怖じも人見知りもしない。それが羨ましくて、妬ましい。
アスランさんが復隊してから、彼と姉の距離は縮まるばかりに見える。
姉は赤服を着ている。エリートパイロットだから、モビルスーツに乗れる。彼と同じように、戦闘に直接参加出来る。そんな姉の方が、当然接している時間が長いし、話す機会も多い。
でも、アスランさんにはラクス様という婚約者がいらっしゃる。ヤキン・ドゥーエの英雄とプラントの歌姫、なんてお似合い過ぎてまるで物語の中の存在みたい。なのに見たところ、アスランさんはあまり彼女に興味がなさそうだ。
誰か他に好きな女性でもいるのかな。そう思うと、真っ先に思い浮かんだのは姉の顔だった。推論にすぎないし、本人に確かめたわけではないけれど。
私の胸がずきんと痛む。いつも、そうなのだ。
昔から、私が好きになる人は、大抵姉に好意を持っている。私なんて、眼中にない。
「……はぁ」
窓の外にはディオキアの街並み。ヴィーノやヨウランと過ごした休暇は、それなりに楽しかったが気晴らしにはならなかった。付き合ってくれた彼らには申し訳ないけれど。
軍服に袖を通し、顔を洗う。もうすぐ勤務時間が来るのだ。
「え?」
ボトルを逆さにして、しまったと思い出す。化粧水をきらしていたのを忘れていた。街に出たら買おうと思っていたのに。
ここを出立したら、今度はいつ街に出られるかわからない。早めに戻ってきたので、勤務時間まではまだ余裕がある。すぐ帰ってくればいいだろう。
それに戦闘にならない限り、通信士である私はそれほど忙しいわけではない。平常時なら、多少遅刻しても誰かが代わってくれる。
そう、私の代わりなんていくらでもいる。MSを操縦するパイロットとは違う。
後ろ向きな思考から逃れられないまま、私は軍服のまま外に出た。
ネオが休暇をくれた。後でメンテナンスが大変だ、ってドクター達に文句を言われるかもしれないのに。
ステラは当然のように海に行き、スティングも心当たりがあるらしくさっさと別行動を取った。
僕はといえば、昔も今も「好きに過ごしてこい」なんて言ってくれる人はいなかったから、逆にどうしていいか分からない。けれど、なんだか嬉しかった。
僕ら強化人間を戦闘兵器としてしか扱わない人達の中、ネオだけは普通の人間のように接してくれる。だから、まず他人は警戒するステラも、あいつに懐くんだろう。勿論腹の中ではどう思っているか知らないけれど、そんなことはどうでもいい。表面上はいい上司なのだから。
「どうすっかなー」
独り言を呟きながら、ぶらぶらと街を歩く。そこそこ人も多く、喧噪がうるさい。プラントで機体を強奪してから、人の多いところに行く機会がよくある気がする。未だに慣れない人混みは、けれど何故か懐かしいような気持ちにさせてくれると思った。
「ん?」
ぼんやり歩いていると、何かがふと目に留まる。相変わらず、戦闘用に造られた僕はいつでも攻撃態勢だ。
ザフトの軍服を着ている。赤い髪を高いところで二つに結わえた、小柄な女だ。露店の前で商品を物色しているみたいで、両手に紙袋を抱えたまま視線をそちらに集中させている。
「緑かぁ」
赤服はエリートパイロットで、戦場で僕らと戦うMSを操る兵士。緑服は一般兵。赤ならともかく、緑は殺しても価値がそれほどあるとは思えない。
「けど、まぁ……捕らえたら何かに使えるだろ」
そう思い、僕は小型の携帯している銃を取りだした。休暇なのになんで働いているんだろう、と一瞬思ったが、特にやることもないので気にしないことにした。
買い始めると、止まらなくなるのは女の性だ。
という言い訳をして、化粧水だけ買うはずだった私は、いくつも店を回る。今日は、ストレス解消も含まれているからかもしれない。
既に紙袋を両手に抱えるほどたくさん買い物をしたというのに、私の目は購入を迷う商品に釘付けだ。自分でも呆れてしまう。
そろそろ、戻らなきゃ。そう思った瞬間。
「動くな」
耳元で低い声が聞こえ、私は恐怖に立ち竦んだ。
私の背中に、何か硬いものが当たる。小型だが、銃口だ。
「あんた、ザフトだろ?」
「……っ」
ちょっとだけ、と思い、軍服を着てきたのが悪かったか。いや、そもそもザフトの駐屯を歓迎しているように見えたディオキアで、危険があるなどとは思いもしなかった。
「地球……軍?」
やっとのことで声を出す。冷や汗が頬をつたった。
「ご名答、君たちの宿敵だよ。さて、じゃあこれから僕の言う通りに歩いていってくれる? 少しでも怪しい素振りを見せたら死体になると思ってね」
怪しい素振りも何も、通信機すら持ってきていない。叫ぼうにも、喉が押さえつけられたように声は細くしか出ないし、そんなことをしたら発砲されるのは火を見るより明らかだ。
「何、ぼーっと突っ立ってんの?」
別に突っ立とうと思っているわけではない。恐怖で足が動かないのだ。
「足……動かな、い」
やっとそう言うと、背後でくすっと笑う声が聞こえた。
「あっそ。んじゃ、ちょっと失礼〜」
おどけた声が聞こえたかと思うと、私の足が地面から浮いた。
「え? ……きゃあ!」
背後に居たと思われる人物が、私を抱えて地を蹴る。あっという間に人気のない路地へと進んでいった。その脚力に、私は目を見張る。まるでコーディネイターだ。
続いて、その人物の容姿にも驚愕を覚える。
私と同い年くらいの、少年。水色の髪に群青色の眸がとても涼やかだ。脚力もコーディネイター並なら、容姿もコーディネイター並の美少年だ。
その人は、私の視線に気付くとイタズラっぽい笑みを浮かべる。余裕があるのだろう。
依然銃口は見える位置にあるのだが、彼の姿を見ていると何故か恐怖が薄れてきた。
逃げようとするどころか、私は何一つ抵抗せず、紙袋を持ったまま体を硬直させていた。
捕らえたザフトの女を、使われていない倉庫に連れてきた。縄で後ろに回した手を縛る。あとは、スティングに迎えに来て貰えばいい。あいつは休暇を楽しんでいる最中だろうから、来るのはまだ先だろうけれど。
それにしても、おかしなやつ。結局何も抵抗せずにここまで連れてこられ、縄もおとなしくかけられた。
今まで人間をさらったことは何回かあるけれど、こんなやつは初めてだ。恐怖で固まっているのかとも思ったが、ぽかんとした表情から見るとそういうわけでもないらしい。
「私を、どうするの?」
分かりきったことを訊くなぁと思ったが、親切な僕は教えてあげることにする。
「勿論、人質として使わせて貰うよ。赤服じゃないなら殺しても価値ないしね」
僕がそう言うと、そいつは僕を睨みつける。気に障ったんだろうか。
「そうよ。私、価値なんか無いわ。人質としての価値もね!」
そしていきなり怒鳴る。わけわかんねぇ。これだから女は面倒なんだ。
「私なんかっ……人質にしたって誰も来ないわよ! ただ、の……通信士だし」
更にいきなり泣き出す。なんだこいつは。ステラより手がかかるぞ。あいつも意味不明な行動をするけれど、大抵はおとなしいからまだいい。
女の叫び声は煩い。甲高くて頭がキンキンする。
「私のこと……心配する人なんて、誰もいないんだからっ!」
「……なんで、おまえがそんなこと言うんだよ」
黙っているつもりだったが、その発言だけは聞き流せなかった。
「……なんで、おまえがそんなこと言うんだよ」
私の一方的な叫びに、目の前の人がそう返す。驚いた。まさか反応するなんて思わなかったから。
驚いたついでに涙も止まる。まだ涙目だろうけれど、私は顔を上げた。
群青色の眸が曇っている。なんだか哀しそうな表情をしていた。
「おまえには家族も友達もいるんだろ? 僕らとは違ってさ……」
当たり前だ、と思ってから、気付く。この少年には、家族も友達もいないのだろうか。
まさかと思ったが、このご時勢、境遇が孤独という人はたくさんいる。
けれど、この人は私と同じ軍人だ。軍に居たらそれなりに人付き合いもあるのだから、友達くらい居るのではないだろうか。
「そういう人間は、いなくなったら心配してくれる人がたくさんいるんだぞ。だから、そんなこと言うなよ」
「……」
わかっている。被害妄想に飲み込まれていただけで、本当はわかっている。いくら妬ましいと思っても、やっぱり私は姉が好きなのだ。
何と言っても家族だし、性格が明るくて美人な姉を自慢に思うことだってある。男勝りだがガサツなわけではなく、屈託無く笑いながら、私のくだらない相談にもちゃんと付き合ってくれる。
ヴィーノやヨウランだって、シンやレイだって、私がいなくなれば血眼になって捜してくれる。だって、私が逆の立場なら同じことをするからだ。きっと、アスランさんも。
「ごめん、なさい」
「分かればいいんだよ」
少年はつん、とそっぽを向く。機嫌を損ねさせてしまっただろうか。けれど、どうせ敵なので構わないだろう。
お互い敵対している軍人なのに、こんなところで説教をされてしまったと思うと、滑稽を通り越して笑えてくる。
「何笑ってんだよ?」
「ううん、お母さんに叱られたみたいだな、って思って」
母親に喩えられたら、少年は怒るだろうか。
「かあ……さん?」
ところが、少年はみるみる表情をこわばらせ、はっきりと恐怖の色を示した。顔面は蒼白に染まり、がくがくと手足が震え始める。口からは、意味のない悲鳴が洩れた。
「どう、したの?」
恐る恐る訊ねても、返答はない。震えは全身に広がり、少年は手で顔を覆う。
「あぁ……あぁぁぁあぁあ!!!」
倉庫内に響き渡る声で叫ぶと、彼は暴れ出した。手当たり次第に、周りの物を破壊していく。私は、見ているだけしか出来ない。縛られていて体の自由がきかないのだ。
「かあさん……かあ、さ……」
ふらふらと崩れ落ち、少年はうずくまった。涙を流している。その姿を、私は恐ろしいとは感じなかった。彼が、ただ怖くて怖くて泣いている、小さな子どものように見えた。
「どうしたの?」
今度は、はっきりと訊ねる。きっと、何かが怖いだけなのだ。この人は敵だけれど、先程の説教の借りくらいは返させて貰おう。
「かあさん……死んじゃうんだ……」
反応があった。良かった、声は聞こえているみたい。
「死んじゃうの? 何故?」
「わかんない、けど……僕が、ちゃんとやらなきゃ……かあさんが」
意味はよくわからないが、少なくとも確定しているわけではなさそうだ。誰かに、母親を盾に脅されているのではないだろうか。けれど、そんな素振りはなかった。一体どうして、いきなりこんな状態になってしまったのだろう。
「わかんないなら、大丈夫よ!」
大きな声で言い張ると、少年の震えがぴたりと止まる。
「大丈夫、死んだりしないわ! お母さんは何処にいるの?」
少年が、おどおどと顔をあげる。涙で濡れた顔は、さっきまでの不遜な表情より彼を幼く見せた。
「……た、ぶん……ロド、ニア」
「分かったわ。私、ちゃんとお母さんに繋いであげる! 通信士だもの! もしロドニアに居なくても、お母さん捜すくらい何てことないわ!」
「……」
少年の表情が、だんだん落ち着きを取り戻していく。良かった、きっともう大丈夫だ。
我知らず、ほっと息が洩れる。自然と、頬が緩むのを感じた。
禁句がうち消された。揺りかごに入ることなく。
恐怖はまだ少し残っているが、だいぶ落ち着いた。禁句による暴走を誰かに止められたのは、初めてではないだろうか。
僕を落ち着かせたそいつは、安心したように微笑んでいる。そりゃ、あれだけ暴れたやつがおとなしくなったんだからな。笑った顔は、なかなか可愛かった。
こいつは、かあさんを捜すと言ってくれた。ロドニアには、もういないかもしれない。何度かメールを送ったが、一通も返ってこないのだ。
「どうやって、捜すんだよ。僕の名前も知らないくせにさ」
ぐいと涙を拭い、できるだけぶっきらぼうに訊ねる。初対面の、しかもザフトの女に泣き顔を見られたというのは、そう良い気持ちのするものではない。
「あ、そうね。名前教えて? 私はメイリン。メイリン・ホークよ」
「僕は、アウル・ニーダ。でも、かあさんの名前は知らないよ? 名字も違うし」
「平気よ。私、必ず見つけてみせるわ。お母さんが宇宙の果てに居たって、見つけてみせる」
メイリンと名乗った少女は、確信に満ちた目で僕を見つめている。どこにそんな自信があるのだろう。僕はおかしくなって少し笑った。スティングやステラの前以外で、こんなふうに笑えるなんて。気まぐれとはあるものだ。
気まぐれついでに、メイリンの縄をといてやる。かあさんを捜してくれるこいつを、人質にするなんてことはできなかった。
「え……どうして?」
メイリンは不思議そうな顔をする。そんな彼女に、僕は自分の連絡先を渡した。
「かあさんが見つかったら、連絡くれよ。絶対忘れんなよ?」
その言葉に、メイリンが頷く。まかせといて、と笑顔で。
「じゃあ、ね……アウル」
複雑そうに、けれど笑顔でメイリンは去っていった。そう、自分達は敵同士なのだ。直接殺し合うことは無いにしても、僕はザフトを撃つ兵士だ。自分の役割を果たすためには、彼女を殺さなければならない。それが、なんだかつらかった。
そもそも、自分はミネルバに固執などしていないのだ。上司が撃つというから従っているだけだ。ネオの気が変わってくれないだろうか、とぼんやり思った。
「あ、メイリン。何処行ってたの? そろそろ勤務でしょ?」
姉のルナマリアが、入り口に立っている。もしかして、待っていてくれたのだろうか。
「ただいま、お姉ちゃん……あっ!」
「どうしたの?」
「買い物してきたのに、荷物置いてきちゃったぁ……」
がっかりと項垂れる私に、姉はドジね、と笑う。
「まぁ、いいや。私にはこれがあるから」
ひらり、と紙片を見せると、姉が覗き込もうとするので慌てて隠した。
「なぁーによぅ、その紙?」
「王子様の連絡先」
おどけて言った言葉に、姉はぽかんと目を見開いている。マヌケ面でも相変わらず美人だ。
アウルも、顔だけなら「王子様」が通用するな、と思った。
出かけた時の後ろ向きな気持ちは何処へやら。私は晴れやかな気持ちで艦に入った。
いろんな意味でありえないオマケ
付き合ってられないので戻る