家の外は、皆が敵だった。
体力のあり余る子ども達は、いつも何かしら興味の対象を探している。冬獅郎は、村の子ども達が暇つぶしにする恰好の対象だった。
まず、容姿が違う。皆一様に黒い髪と目をしているのに、冬獅郎の髪は白く、目は光に当てると翡翠に似た輝きを湛えた。
冬獅郎が外を歩くと、わっとはやしたてる声が聞こえる。
泥を投げつけられ、遠巻きにぐるりと囲まれてはまた泥を投げられる。ずっと幼い頃は、抵抗のひとつもしたかもしれない。けれど、周りに味方の一人もいないこの状況ではかえって不利になることをそのうち覚えた。今では、何をされても黙ってじっとしている。そうして意識を遠くへ追いやり、蝗の羽音に似たそれらの声が通り過ぎるのを待つのだった。
大人達にも見た目が気持ち悪いだの、子どものくせに可愛げのない表情をするだのと囁かれる。それくらいは構わないが、自分を産んだ母まで悪く言われてしまうのが悲しくて、冬獅郎はなるべく人目につかないように夜だけ外に出ることにした。それに加え、何故か日光を浴びると具合が悪くなることが多かったため、いつも家の中に閉じこもっていた。
母は村一番の働き者で、皆に愛されていた。自分の容姿に対しても彼女だけは罵ったりせず、綺麗な色だねと笑い、冬獅郎は私の宝だよと抱きしめてくれた。女の細腕で野良仕事や家のこと全てをこなしているその姿を見て、父は何故いないのかなどと問う気にもなれず、日のあるうちは外に出て働くことができない我が身をただ疎ましく思った。
それでも母は笑顔を絶やさず、愚痴ひとつ言わず、私には冬獅郎だけ居てくれればいいんだよと言ってくれた。
いつか大人になったら、髪も目も黒くなるだろうか。身体が大きくなり、力も強くなれば、周りの連中から母を守ってやれるだろうか。
早く大人になって、苦労をしている母に少しでも楽をさせてやりたいと、冬獅郎はそれだけを思い生きていた。
そんな冬獅郎の日常は、ある日一変した。
屈強そうな男共が多数家に押し入り、子どもをよこせ、お館様のご命令だと低く轟くような声で告げた。母は脅えて震えながらも、冬獅郎をしっかり抱きしめ、厭でございますと泣いた。どんなにつらくても苦しくても泣かなかった母親が、この時は子どものようにぼろぼろと泣いていた。
いつまでも冬獅郎を放そうとしない母に男達は業を煮やしたのか、母の背中をばっさりと切って捨てた。母の斬られた肩口から溢れ出す鮮血が豪雨のように降りかかり、口に生温かい鉄の味がした。
母さん。
叫ぼうとしたその声は細くかすれた息にしかならず、得体の知れない寒気が背筋をぞくぞくと這い上がった。
額に脂汗を浮かべて呻吟を洩らす母の腕から力が抜け、冬獅郎はあっさり男共の手に捕まる。血まみれになっている母の姿を目にすると、何だか悪い夢でも見ているかのような心地になり、暴れることも抵抗することも思いつかなかった。
冬獅郎、と母の声が聞こえる。赤い海に呑みこまれそうに見える母は、自分の名を呼びながら必死に手を伸ばしていた。冬獅郎を抱えた男共は、母には用無しだと言うように走り去る。
冬獅郎、冬獅郎。
母の声がだんだん細くなっていくのは、自分が母から遠ざかっているからなのか、それとも母がこときれようとしているからなのか。
「母さん」
もう遠くなってしまった自分の家を見つめると、そのまま冬獅郎の意識は闇に落ちた。
ばしゃり。
冷たい水をかけられ、意識が覚醒する。冬の最中にかけられた氷混じりの冷水は、途端に冬獅郎の身体をがくがくと震わせた。
「立て。お館様とお方様がお呼びだ」
血にまみれた着物を剥ぎ取られ、新しい着物を着せられる。着たことのない柔らかな触感が肌に心地良い。腕を引っ張られてよろよろと立ち上がると、いつも遠い山の上に見ていた城が目の前にあることに気づいた。
瞬間、母がよくこの城のある方向を見ていたことを思い出す。幼い割に頭の回転が早い冬獅郎は、連れて来られた事情をおぼろげながら推測した。
城主とその奥方の目の前に連れて行かれ、暴れ出さないよう後ろ手に縛られる。顔を伏せながらもちらりと垣間見た城主の顔に、自分と似たところはひとつも無かった。
「気味の悪い」
上座に座る女が吐き捨てるように言った。
「そちの物の怪のような風貌、あの薄汚いおなごとまこと似合いの母子よのう」
ほほほと声高く笑うその女を、冬獅郎は目に力を入れて睨んでやった。自分が馬鹿にされるのは構わないが、母を罵られることは耐え難かった。
冬獅郎の視線を受け、女はおぉ怖やと大仰に袖で顔を覆う。
「お館様、この子を私にお預け下さいませ。母代わりとして育てましょう」
つと三つ指をついて夫に頭を下げる仕草は、やはり優雅だった。
「それは構わぬが、子の母はどうした。連れて来いと命じたであろう」
「さて……。数年前、お館様のご寵愛を受けたにも関わらず姿を消した女ですもの。おおかた、子を見捨てて逃げ出したのではありませぬか?」
違う、と叫んだその刹那、背後から誰かに圧し掛かられる。ずしんと床に顔を押し付けられ、分を弁えろと低く囁かれた。そのまま身体を持ち上げられると、蔑みの視線を向けてくる女と目が合った。
こいつだ。冬獅郎は確信する。こいつが、母を殺したのだ。
ぎりりと奥歯を噛み締め、血管が切れるほど眉根を寄せる。
殺してやる、殺してやる、殺してやる。
持ち上げられた男に何度殴りつけられても、冬獅郎は叫ぶのをやめなかった。
→弐
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