手を挙げな。
迷い人には見えねぇな。此処に何か用か?
こんなコノートの外れに用があるたぁ、どんな偏屈者だ。
悪いが、政府関係者なら帰すわけにはいかねぇぜ。
……なに、イードから来ただと。証拠でもあるってのか。
なんだぁ、その紙きれは……手紙?
俺は字なんて……
あぁ、あの女からか。
どうやら、あんたがイードから来たってのは間違いなさそうだ。
あいつもタチが悪ぃな、俺が字なんざ碌に読めねぇのを知っているくせによ。
ん、何だよその妙な顔は?
字が読めねぇくせに、差出人が分かるのが不思議ってか。
あの女の名前なら、分かるんだよ。
何故かって……そうか、これはあんたの知らないことだな。
俺はあんたが誰だか知らねぇが、あんたはあの女の知り合いみたいだし。
それに昔のことだ、話したって構いやしねぇだろう。
あんたが会った酒場の女主人、あいつが踊り子だった頃の話は聞いたか?
……ダーナでちょっと名が売れていた、ねぇ。
そいつぁ謙遜ってやつだ。
まぁ、あいつは自分をその程度としか思ってねぇのかもな。
過小評価もいいところだぜ。
俺は芸術なんざ分からんし学問もねぇけどよ、目利きには自信がある。
あいつは間違いなく、三国一の踊り手だった。
どうして分かるかって、そりゃあの踊りを見たことのない奴が言うことだ。
一目見れば、得心するだろうよ。
あの女の踊りは、吃驚するほど綺麗なだけじゃない。
どんなに腹が減って死にそうでも、生きる気力を湧きたたせてくれる踊りなんだ。
大袈裟なんかじゃねぇよ。
傷は杖で回復できる。けど、滅入った気にまでは届かない。
あの踊りは、それを回復する力を持っていた。
誰から習ったわけでもねぇのに、あいつはそんな踊りを踊れたんだ。
あれが天賦の才ってやつかね。
で、あいつはな、踊り終わると観衆全員の掌に自分の名前を書くんだ。
人差し指で、こんなふうに。
何の為にこんなことするのかって訊いたら、おまじないとか言っていたっけ。
この踊りを見た人達が、無事に帰って来られるように、ってな。
勿論俺も踊りをよく見に行っていたから、何度も掌に書かれた。
だから、これだけは読めるってぇわけだ。
おまじない、なんて信じちゃいねぇけれど、気休めくらいにはなったかもな。
長いこと腕を上げさせて悪かったな。下ろしていいぜ。
酒場の女主人と坊主は元気にしていたか?
……そうか、そりゃあ何よりだ。
そういや、酒がそろそろなくなりそうだし、近いうちに猪肉でも届けてやるか。
あの坊主の年頃は食べ盛りだろうし、いくらあっても足りることはないだろう。
おっと、こんな所で立ち話もなんだな。
ちと騒がしいが、まぁ上がれよ。
何の用かは知らねぇが、茶くらいなら出してやる。
ちょっと此処に座って待っていてくれ。
普段なら気にならねぇが、話すとなるとさすがに喧しいからな。
子どもが多くて驚いたか?
外観からは想像も出来ないだろうが、此処は孤児院なんだ。
元々教会だったのを、使われなくなったから改修したんだよ。
何だ、鳩が豆鉄砲喰らったような顔しやがって。
俺が神父ってツラに見えるか? まぁ、孤児院をやっている風にも見えねぇわな。
……おぅ、ただいま。みんないい子にしていたか?
今日は大物を仕留めたから、一番でかい鍋に湯を沸かしておいてくれ。
いっぱいな。たくさんの方のいっぱいだ。
そう、あいつは客だよ。心配すんな、悪い奴じゃあねぇ。
何も気にするな。大丈夫だから、おまえ達はあっちで遊んでな。
このあたりで採れる薬草を煎じた茶だ。
口に合わないかもしれねぇが、滋養にはなるぞ。まぁ飲め。
子ども達の態度が癪に障ったかもしれんが、気を悪くしないでくれ。
このあたりは、昔から子ども狩りが盛んでな。
親から引き離されて囚われていたところを、俺が保護してやった子どもも居る。
運良く親元に帰せればまだいい。
親が反政府分子と見なされて殺されたり、子どもを取られた悲しみに耐えかねて自害しちまったり、そんな親を亡くした子どもが此処には大勢居る。
だから、普段見ない顔には敏感に反応するんだ。許してやってくれ。
慈善事業、ね……そりゃ皮肉か?
俺はそんな善人でもねぇし、正義の味方なんてものとは全く縁が無い。
ただ、昔から子どもが親と引き離されるのは我慢がならなかった。
それだけだよ。
おっと、俺が話しちまった。あんたの話を聞くつもりが、逆だな。
此処には……人捜し?
こんな所に、誰が居ると思ったんだよ。
……あぁ、そいつか。なるほどな。
だからそうやって、叛乱軍の生き残りを訪ね歩いているってわけだ。
けど悪いな。そいつが今何処でどうしているのかは知らねぇ。
きっと、死んでいる可能性の方が高いだろうな。
生きていれば、風の便りに噂はちらほら耳にするもんだ。
あれから十年余り、そいつのことは聞いたことがない。
まぁ、そいつが生きていれば、あのユリウス皇帝が黙っちゃいないだろう。
そいつを最後に見たのは、忘れもしねぇあの時だ。
ミレトスで、ユリウス皇帝に大敗を喫した戦のことは聞いたか?
あぁ、あの時だ。
何せ、セリス皇子を討ち取ったのはそいつだったんだからな。
そうか、それは初耳か。
確かに、これはあの時戦線に居た人間にしか分からないな。
もう一度言う。俺はあの時、はっきり見た。
セリス皇子を殺したのは、ユリウス皇帝じゃない。
あんたの捜しているそいつだよ。
見間違いってことはないぜ。何しろ目利きには自信がある。
……どうしてそんなことになったか、ってか?
はぁ、昔のことだしな。話すのも煩わしいが、乗りかかった船だ。
あの時見たことは、忘れようったって忘れられねぇ。
目を閉じると、今でもくっきり思い出せる。
酷い、負け戦だったからな。
セリス皇子に会ったのは、777年の夏頃だったかな。
ひどく暑かった。
俺はセリス皇子の首を取るために森に潜伏していたんだが、これがまた暑いの何の。
けど、仕事だからな。仕方ねぇよ。
あぁ、俺は傭兵だったんだ。
ブルームってフリージ家の当主だった奴に、高額で雇われていた。
そう、俺は最初、叛乱軍の敵だったのさ。
セリス皇子がイザークやレンスターの奴らに歓迎されていたのは、勿論知っていた。
けど、それが何だよ。正義や大義ってやつで、腹が膨れんのか?
俺は金が貰えるなら、何だってやる。
守銭奴と罵られたって構わねぇよ。
俺は、妹と親のいない子ども達を食わせてやらなきゃならなかったんだ。
その為の金を手に入れられるんなら、汚い仕事でも何でもやった。
言ったろ? 俺は正義の味方になったことなんて一回だって無いってな。
だから、各地で救世主と絶賛されているセリス皇子の暗殺だって、雇い主の命令ならやり遂げただろう。
妹が、叛乱軍に居なければな。
あれには驚くを通り越して、肝が冷えちまった。
ひと稼ぎしてくる、って家を飛び出した妹が、まさか軍隊に居るなんてよ。
想像もしていなかったからな。
あいつは弓を構えた俺を見るなり、怒鳴ったっけ。
「帝国に味方するなんて何を考えているのよ!」って。
けど、俺からすればどうして妹が叛乱軍に居るのか、そっちの方が疑問だった。
詳しく聞くと、どうも盗みに失敗した上での成り行きだったらしい。
まったく、仕方のないやつだ。
それでも、俺にとってたったひとりの身内だからな。
妹に弓をひくことは、いくら俺だって出来ない。大人しく投降した。
そうしたら驚いたことに、セリス皇子は笑って俺を迎えてくれた。
信じられるか? こっちは殺されても文句は言えねぇって思っていたのによ。
命を狙われたくせに、「気にしていない」とかぬかしやがる。
俺は正直、開いた口が塞がらなかったよ。
妹にそう言うと、「セリス様はいつもあぁなの」とか言っていたな。
ほんと、常識が通用しない皇子様だったよ。
当時は人を殺せない甘ちゃんかと思ったが、今思うとそうでもないな。
身内を餌に敵の主力を取り込もうなんて、なかなかいい性格していると思わないか?
まぁ、俺は脅されたわけでもないし、金さえ貰えれば文句はねぇからいいけどよ。
ブルームの甥と姪にあたるフリージ兄妹とは、一悶着あったとか。
俺のいない時のことだからよくは知らねぇけど、たぶん事実だったと思う。
だから俺は、あいつらの気持ちも分からなくはない。
何のことか、って……あぁそっか、話が飛んじまったな。
俺は頭が悪いからよ、分からなくなったらそうやって言ってくれ。
あいつらの気持ちってのは、セリス皇子を裏切った気持ちってことだ。
ミレトスの負け戦で、「裏切りだ!」って叫んだのは、俺だよ。
その時のことか、よく覚えているぜ。
セリス皇子が殺された時、フリージ兄妹は雷神イシュタルの傍に居た。
どうしてかって言うと、確かティニー公女が泣いてセリス皇子に頼んでいたんだ。
「イシュタル姉様と、せめて最後にお話しをさせて下さい!」ってね。
セリス皇子はそれを快諾したよ。
うまくいけば、イシュタルも配下に加えられると思ったんだろうな。
でもあの時ばかりは、判断を誤っちまったようだ。
フリージ兄妹がイシュタルの元へ走ったのとほぼ同時に、セリス皇子は殺された。
ユリウス皇帝の術にかかったかどうかは知らねぇよ。
もしかしたら、あいつの姿を見つけて、我を忘れて前に出たのかもな。
誰のことかって……ほら、あんたが捜している奴のことだよ。
あいつは、セリス皇子が掌中の玉のように慈しんでいたからな。
そいつが敵に浚われたって大騒ぎして、夜も眠れないほど心配していたんだ。
そんな奴が目の前に現れたんじゃ、そりゃ思わず駆け寄っちまうんじゃないか?
結局は、罠だったけれどな。
セリス皇子が絶命したのを確認すると、フリージ兄妹は空へ向けて炎を放った。
赤い火柱が空に昇って、空気が熱くなった。
それを合図に、何処に隠れていたのか魔道士がわらわらと湧き出しやがってね。
俺は咄嗟に叫んだよ。「裏切りだ!」って。
いち早く事態に気づいたのは、セリス皇子に命じられて森に潜伏していたおかげだった。
隙あらば、ユリウス皇帝の首を落とす気だったのさ。
この……イチイバルでね。
綺麗な弓だろう?
こいつを持ち歩いていたら、『輝弓を持つ猟師』なんて通り名をつけられちまった。
俺が持つと、光るんだ。普段は普通の弓なんだけれどな。
だからあの時も、そりゃあ目立った。
周りを敵に囲まれて絶体絶命、って状況だったのに、こいつはよく光りやがる。
敵は暗黒魔道士ばかりだったからな。光っている方にぞろぞろ群がってきやがった。
けれど、イチイバルの前には雑魚同然だ。
この弓に矢はない。持ち主の体力が続く限り、それを光の矢に還元して敵を討つ。
そして、一射ちで複数の敵を屠る威力がある。多勢に無勢でも負けはしない。
俺は向かってきた敵を全滅させ、戦場へと戻った。
指揮官が討ち取られたことを報せようと思ったんだ。
けれど、遅かった。全ては、終わったあとだった。
どうしてあんなに早く、叛乱軍が負けちまったのかね。
……あぁ、四方を囲まれていたのか。道理で、呆気なかったわけだ。
俺が辿り着いた時には、既に酷い有り様だった。
地面が、味方の流した血で真っ赤でさ。歩くたびにぱしゃぱしゃ水音がした。
人の原形を留めていたのは僅かで、みんな手足や首が吹っ飛ばされて死んでいた。
空は真っ黒だったよ。雲が髑髏の形をしていて、それが味方の命を奪っていった。
今まで何十と戦場を体験してきたけれど、あれは酷かった。
地獄がこの世にあったのかと、本気で思ったよ。
俺は、妹を捜した。
敵に見つかるのも構わず、大声で妹の名前を叫んだんだ。
「パティ、パティ!」
死体の山に躓いたり転んだりしながら、俺は戦場を走った。
叫び続けた声が嗄れ、走り疲れるまで捜したけれど、妹は見つからなかった。
それでも諦められず、妹の名前を呟き続けながら歩き回っていたら、背後から声がした。
「パティは無事よ」
振り返ると、そこには左を向いて血の海に座っているラナがいた。
ラナってのは、俺の母方の従妹にあたる子だ。
笑顔の似合う優しい娘で、杖の達人だった。
その時も、きっと怪我人に杖を振っていたんだろう。
左手に握られていた杖は既にひび割れていたな。
俺はその言葉を聞いて「本当か!」と詰め寄った。
そして、目を見張った。
彼女は右腕を失っていて、傷口からは血が溢れ出ていた。
俺は、全身から血の気がひいた心地がした。
そんな大怪我をしているのに、ラナはちっとも痛がりも慌てもしなかったんだ。
「本当よ、パティは、レスター兄様が、連れて逃げてくれた、わ」
弱々しい声で、ラナは言った。
いつも薔薇色のあいつの頬は青ざめて、唇は紫色になっていた。
俺は咄嗟にイチイバルを彼女にあてがった。
この弓は、持っている者の傷を回復する力があるから、血くらいは止まるかと思ってな。
でも、ラナはイチイバルを俺に押し返してきた。
「私、行かなくちゃ」
ぱしゃ、と音をたてて彼女は血の海から立ちあがった。
右手が無い所為か、身体が均衡を崩して俺の方に凭れかかった。
ラナの身体は、ぞっとするほど冷たかったよ。
俺は訊いた。そんな身体で何処へ行くつもりだ、って。
「セリス様のところ」
ラナは、言った。
俺はラナの左手を掴んで、強く握りしめた。
こいつは、セリス皇子が死んだことを知らないんだって、思った。
そう思ったら、急に悲しくなってきやがった。
ついさっきまで何も感じなかったのに、ラナの顔を見たら突然涙がせり上がってきやがったんだ。
だから、俺は言った。
セリス皇子は安全な場所まで逃げた。
だから、おまえも早く此処から離れて、治療を受けろ。
その途端、ラナの肩がぴくりと跳ねた。
彼女は俺の手から逃れ、二、三歩ふらつきながら離れると、呟いた。
「嘘だわ」
俺は、咄嗟に否定できずに黙ってしまった。
今から思えば、少しくらい遅れても、否定すれば良かったのにな。
でも、当時そんな機転はきかなかった。
そんな俺を見て、ラナはにっこり微笑んだ。
あいつはいつも可愛らしかったけれど、あの時の笑顔は今まで以上に輝いていた。
そう、ちょうどあんな感じだ。
此処が教会だった頃、大勢の人々に祈りを捧げられた、あの聖母像のような。
微笑んだまま、あいつは言った。静かに、そしてはっきりと。
「私、いかなくちゃ」
俺は確信したよ。ラナは、死ぬつもりなんだ、って。
いや、少し違うか。セリス皇子のところへ、行くつもりだったんだろうな。
そこがたとえ天国でも地獄でも、セリス皇子についていくんだろう。
あいつは、そういうやつだ。
ラナは踵を返して髑髏の雨が降る中、一度も振り返らずに歩いていった。
俺は、とめられなかったよ。とてもじゃねぇけどな。
……要するに見殺しにしたんだな、って思ったか?
あんたには、分からないかもしれない。
覚悟を決めた人間の意志ってのは、とんでもなく強いんだ。
俺なんかが、とめていいもんじゃねぇくらいにはな。
それから俺はがむしゃらに逃げて、此処に帰ってきた。
殆ど飲まず食わずで走ってきたから、辿り着いた時にはぼろ雑巾のようだったらしい。
それでも、俺は五体満足で生き残ったんだ。
おかげで、今でもこうして元気に生きているしな。
妹はレスターと逃げたと言っていたから、いずれ帰ってくるだろうと思っていた。
けれど、どうだ? 十年以上待っても帰って来ねぇ。
こんなご時世だから、他の国に紛れ込んで帰るに帰れねぇんじゃないかって、最初は思っていた。
でも、十年も経ちゃ消息くらいは知れたっていいもんだろう?
妹は盗みが得意で、しかも派手好きだったんだ。
生きていれば聞こえてくる筈の噂が、ひとつもありやしねぇ。
あの時、ラナはきっと俺に嘘をついたんだな。
俺がラナに、セリス皇子が逃げたと嘘を言ったように。
あいつと俺との違いは、嘘が見抜けたかそうでなかったか、だ。
パティも、レスターも、ラナも……死んじまったんだろうな。
ユングヴィの血を継ぐ人間は、俺で終いか。
もう少し落ち着いたら、ミレトスに出向いて花でも手向けにいってやろうと思う。
ミレトスが今、どんなふうになっているかは知らねぇ。
けど、叶わない夢を見た奴らが大勢散った場所だ。
一人くらい悼む人間が居たって、構やしねぇだろう?
これで、たぶん全部話したと思うぜ。
何か、他に訊きたいことはあるか?
フリージ兄妹について、か。
さぁな……俺は奴らとあまり親しくなかったんでね。
ただ、ブルームに雇われていた時にティニー公女とは少し話をしたことがあった。
彼女は雷神イシュタルと、仲が良かった。まるで姉妹のようだったな。
裏切りについては、いつ示し合わせたのかは知らねぇ。
……もしかして……いや。
たぶん、最初からだったんじゃないか。
例えば、マンスターで雷神イシュタルが敵対した時、ティニー公女は何もしなかった。
ミレトスでは、話をさせてくれとセリス皇子に懇願していたにも関わらず、だ。
そんなに話がしたいなら、マンスターの時にも同じ行動をしていなきゃ不自然だろう?
イシュタルが現れたという報が入っても、「私には関係ありません」って顔だった。
その時点で、ティニー公女はイシュタルと気脈を通じていたんじゃないか?
そして叛乱軍の情報は、彼女を通じて帝国側へと漏洩していた。
つまり、布陣や作戦の内容も知られていたんだ。
そう考えると、あっさり叛乱軍の四方を囲めたことも合点がいく。
きっと、全ては計画の内だったんだな。
ブルームや、トラバントを叛乱軍に殺させるところまで。
……まぁ全部、俺の推測だけれどな。
事実を確かめたければ、本人に訊いてくれ。
けれど俺と違って、彼女は今やフリージ家の当主様だ。
会うのは難しいだろう。
お、腹が減ったか。よしよし、メシにしような。
あんたも食って行くか?
……そうか、残念だな。
湯は沸いたか? そうそう、そんな具合だ。
薪が足りねぇな、もうちょっと割ってきてくれ。
おい、左手の指は丸めるんだ。刃物で切ったら痛いぞ。
……ふぅ。あぁ、大変なんてもんじゃねぇよ。
けど、子どもは宝だからな。金で買うことのできねぇ宝だよ。
こういった親のいない子どもを育てて、もう十年以上になる。
最初に育てた子どもは、俺とそう年齢も変わらない。
時々子連れで、此処を手伝いに来てくれることもある。
みんな、元気でやっているぜ。
何てったって、此処で育った奴らは逞しいんだ。
親バカかもしれないけれど、確かにそう思う。
俺はこいつらを育てる為に、色々汚いことをやってきた。
言い訳をするつもりはない。人殺しも盗みも、悪いことに変わりはないしな。
でも、俺がそうやって稼いだ汚い金で、こいつらが真っ当な大人になれる。
俺が汚いことをするだけ、こいつらが綺麗な手のままで生きられる。
それなら、それでいいと思うんだ。
だから俺は、こいつらにいつも言っている。
俺みたいな人間になるなよ、って。
人を殺すな、盗みをするな、仲間を見捨てるな、って。
全部、俺がしてきたことだ。説得力なんて、欠片もないだろう?
……そうか、ありがとうよ。
経験した人間だからこそ、言えることもある、か。
いい言葉だ、これから使わせて貰うことにするな。
……あぁ、もう行くのか。
それじゃあ、次は何処に行くか知らんが、達者でな。
また、いつでも来いよ。
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